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婚約破棄された令嬢のそのあと 〜現実は物語のように甘くない〜  作者: みるくコーヒー


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第三十三話 「対峙」


「お祝いの席なんだから、そんな暗い表情しないで頂戴」


 子爵の後ろから現れたアデレイン子爵夫人が、ぴしゃりと言い放つ。

 それからクロエに目を向けて、にこりと笑って見せた。


「久しぶりね、ずっと会っていなかったけれど昔とそんなに変わっていなくて安心したわ」

「そちらもお変わりないですね」


 子爵夫人とクロエが対面するのは、実に十年ぶりであった。

 社交の場に姿を現さないクロエと会う機会など、直接約束を取り付けなければあるわけがない。


「ハリムは一緒じゃないの?」

「あの子はまたお得意の()()()()よ」


 ルーカスの問いかけに、子爵夫人は呆れたように答えた。

 ハリムはルーカスの五つ年下の弟だ。


 快活に他者と交流するタイプではないハリムは、アデレイン家とエシャロット家の交流の際に、エシャロット家に訪問してクロエたちと共に遊ぶことはしなかった。

 だが、クロエとロージーがアデレイン家を訪問する際には顔を見せることもあり、クロエもハリムのことは良く知っていた。


 子爵夫人の言う『お出かけ』についても、ルーカスからハリムの様子について聞いたことがあったためクロエは意味合いを理解している。

 ハリムは、父親の背を追って剣の道を志すことはなく、植物の研究に興味を持ち精を出してるのだ。そのため、しばしば国内の森林に出かけているようだ。時には、周辺国の研究施設や自然環境に身を置くこともあるらしい。


「家のことは頼むって言ったはずなんだけど……相変わらずだね」

「まあ、元々あいつは家のことになんか少しも興味なかったしなぁ……今までずっとお前がやってくれていたし……」


 ルーカスと子爵は同時に「はぁ」と大きなため息をつく。

 祝いの席のはずが、どんよりとした空気感が流れていた。


「とにかく、ルークのことよろしくね」


 子爵夫人はクロエに少し顔を近づけて「この子、無茶しがちだから」と小声で付け加えた。


 それから、夫人は子爵の腕に自信の腕を絡ませて引っ張っていくようにクロエとルーカスから離れていった。


 これは、どんよりとした空気をこれ以上広めないように、という子爵夫人の配慮でもあった。


「すみません、もっと明るい空気にしようって決めていたのですが、いざ対面すると無理でした」

「……ルークの状況が、私には正確にわからないけれど、すぐに割り切れる問題ではないんだろうってことはわかったわ」


 クロエはルーカスに精一杯の理解を示してみせた。

 彼がどんな経緯を経て、アデレイン家を出てファルネーゼ家に戻ることになったのか、クロエは知らない。そもそも、生まれてから育てられた環境はアデレイン家であるので、ファルネーゼ家に戻るという表現が正解なのかもわからない。


「ほら、私たちももっと周りと話をしないとね」


 普段は励まされる立場ばかりのクロエが、今回に限っては逆にルーカスを励ましていた。

 ルーカスはコクリと頷いてクロエに同意をする。


 ふたりが動き出そう、というところで「ご婚約、おめでとうございます」と声をかけられた。

 その声の正体をクロエは良く知っている。


 マリメル・ゴーズフォードである。


「どうもありがとうございます」


 何もいえないクロエに代わって、ルーカスがすぐさまお礼を述べた。


 マリメルの隣にはフレデリックが並んでいる。

 婚約破棄を告げられてから、公の場でクロエは2人と対面することを避けていた。


 周りには、その様子を面白そうに静観する貴族たちが囲んでいた。

 

 この状況は、限りなくクロエにとってはストレスであったが、以前のように突発的な吐き気を催すことはなかった。

 2人とはいずれにせよ対面するであろう、と覚悟はしていたからだ。


「ずっと公の場には顔を出していなかったから、とても驚いたのよ。ねぇ、フレディ」


 マリメルが隣に顔を向けると、横に並ぶフレデリックはコクリと頷いた。

 フレデリックはマリメルの腰を抱いてぴたりとくっついている。周囲に見せつけるかのようだ。


 お互いが凄く惹かれあった、と婚約破棄の際にクロエに告げた通り、2人の仲は今でも睦まじいということはよくわかった。


それを平然と自分の前でやってのけることにクロエは腹立たしさを感じたが、それを表には出すまいとする。


「これからは僕が隣にいますので、ご心配いただかなくて結構ですよ」


 いつもの人当たりの良い笑顔ではあるが、言葉にはわかりやすく棘があった。


 ルーカスはフレデリックとマリメルに対抗するようにクロエの腰を抱く。

 クロエはそれに対して平然を装ったが、内心驚きとむず痒い感じがあった。


「幸せそうで何よりだわ。ほら、この前街で会った時は少し前に流行ったドレスを着ていたでしょう? もしかしたらドレスも買えていないんじゃないかって思っていたの」


 なぜ、その話を今するのだろう。余計なお世話にもほどがある。


 マリメルが口を開くたびに、クロエは怒りを覚えては鎮めることに集中した。


 この女の意図的な無神経が大嫌いだ。

 改めてそう感じると同時に、周りの視線に気がいってしまう。


 マリメルの一言で周囲はクロエの衣服に目をつけた。

 クロエは、いま身に着けている煌びやかなドレスの先に、地味で質素なドレスを着ている自分を重ねられているような気分になった。


「こうしてまた社交の場で会えたことも凄く嬉しいわ。是非これからも良い関係を築いていきましょう」

「久しぶりにうちへ遊びに来ると良い、歓迎しよう。父と母も喜ぶことだろう」


 マリメルに続いて、フレデリックも言葉を発した。

 至極真面目な顔で言い放つので、一体どういうつもりで言っているのか、頭がおかしいのではないかとクロエは心の中で悪態をつくことが止まらない。


 クロエの腰に置かれたルーカスの手に少し力が入る。

 ちらりと顔を伺うと、その表情に少し苛立ちが含まれていた。


 ルーカスが自分のために怒りを抱いている。

 その事実のおかげで、クロエは逆にいくらか落ち着くことが出来た。


「機会があれば伺います。それでは、私たちは他の方々にも挨拶をするので失礼します。最後までパーティーを楽しんでくださいね」


 クロエは、にこりと微笑んでルーカスの腕を引いてその場を離れる。

 今までの自分では考えられないほどにスムーズに言葉を発することが出来て、驚きもあったが確実に少しずつ自分は変わっているのだという実感を得た。


 それからは順調にパーティーは進んでいき、特段大きな問題もなくおひらきを迎えた。


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