第三十一話 「公表」
クロエとルーカスは、想像していた通りファルネーゼ大公のかなり過密なスケジュールをどうにかこなしてパーティーに向けて仕上げてきた。
その間もルーカスの婚約者は一体誰なのかと騒がれてきたが、結局最後まで相手がクロエだということが悟られることはなかった。
「ねえ、このドレスやっぱり派手すぎないかしら」
「そんなことはありません。それに、主役のドレスが華美でないというのもおかしいでしょう」
ルーカスの言うことには一理あった。
だが、普段地味なドレスばかり着ているおかげで、派手な装飾のドレスを自分が着ているということにクロエは違和感を感じてしまう。
試着をした時にも、あまりにも変な感じがして本当にこれでいいのかと何度も確認をしていた。その度にルーカスに『大丈夫です』と強く言われ続けた。
隣に並ぶルーカスと目の前の扉が開けばパーティー会場へ入場し、そして自分が彼の婚約者であることが発表されるのだろう。
そう考えたクロエが真っ先に思い浮かんだ言葉は『怖い』だった。
周りから向けられる視線やひそひそと話される言葉。
自分の中にある全ての記憶がよみがえって、恐怖を感じている。
だけれど、それと同時にこの瞬間が一歩前進に繋がるという確証もあった。
「仕事に加えてパーティーの準備はかなり堪えましたが……きっと、その分上手くいくはずです。だから、そんなに背中を丸めないで胸を張ってください」
ルーカスの言葉で、クロエは自分がまた俯いてしまっていることに気が付く。
猫背になっていて酷く姿勢が悪い。
「そうね、しっかりしないと」
ぐっと胸を張って、堂々とした様子を取り繕う。
初めから気持ちで負けているようではいけない、と強く自分を律して扉と対する。
「では、いきましょうか」
ルーカスの声掛けと共に扉が開かれる。
煌びやかな会場の眩しさに一瞬だけ目がくらむが、そのあとすぐにその先の光景がクロエの目に飛び込んできた。
招待された貴族たちが、一斉にこちらに注目する。
いま社交界で専ら噂の中心になっているファルネーゼ大公令息の婚約者が誰なのかと、全員が興味津々だった。
ある人は驚き、ある人は訝しみ、好奇心にそそられる者や単純に祝福を送るものなど反応は千差万別だった。
得意げな顔をする母親、相変わらず不機嫌そうな表情を浮かべながらも拍手を送るロージーとあまり何を考えているのかわからない表情筋のないエシャロット伯爵の姿がクロエの視界に映る。
「紹介しよう。我が息子のルーカスと婚約者のクロエ・エシャロット伯爵令嬢だ」
ファルネーゼ大公からの紹介が入ると、まばらであった拍手が足並みを揃えて大きなものになった。ここだけ切り取ると祝福されているようだが、クロエは向けられている視線の正体を知っているので、大きな拍手を素直に受け止めることは出来なかった。
視線のいくつかは確かにクロエを批難していた。
クロエが婚約破棄をされた行き遅れの令嬢であることを知っている貴族の大半は、彼女がファルネーゼ大公令息の婚約者という位置におさまることを面白くないと感じている。勿論、自分の娘を使って大公家との繋がりを作ろうと企んでいるものにとっては、尚更面白くないことだろう。
今までであれば、クロエはここで耐え切れずに逃げ出していたかもしれない。
だが、今日の彼女は既に覚悟を決めていた。背筋を伸ばして胸を張り、ルーカスの隣に堂々と立っている。
「本日のパーティーを是非、存分に楽しみたまえ」
大公の声の後に音楽が奏でられる。
クロエとルーカスがまずパーティーの真ん中で踊り始め、それから次々に周囲でもダンスが始まった。
大丈夫、今のところ上手くやれている。
クロエは心の中で自分にそう言い聞かせた。
ひたすらに練習したダンスもどうにか形になった。
臆病な姿を見せたら周りに付け入る隙を与えてしまうから、そうならない為にも堂々と振舞っている。
「クロエさん、この調子で一日乗り越えましょう」
「まだ始まったばかりだけれどね」
ルーカスの声掛けにクロエは相槌をうつ。
パーティーの終わりまで、滞りなく進んでいくのではないかという兆しが見えた。




