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婚約破棄された令嬢のそのあと 〜現実は物語のように甘くない〜  作者: みるくコーヒー


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第二十七話 「贈物」


 ルーカスとクロエの婚約が決まって、数日が経った。


 まだ、公表していないにも関わらず、ファルネーゼ家がエシャロット家を訪れたという事象だけで噂は回っていた。だけれど、ルーカスの婚約相手に噂されているのはロージーであった。

 それは年頃を考えても、クロエの不名誉なレッテルを考えても当然のことだった。


 不確かな噂が流れる中で、今日はルーカスが単身エシャロット家に訪れており、クロエと二人でお茶を嗜んでいる。


「クロエさん、聞いてますか?」

「ええと、何だったかしら。」


 クロエの回答に、目の前のルーカスはむすりと頬を膨らませる。


「そろそろ、僕の持ってきた箱に気づいても良いんじゃないかって。」


 ルーカスに言われてクロエは「あぁ。」とルーカスの横にある大きめの箱に目を移した。


 そういえば、来た時から大きな箱を持ってると思ったのよね、とクロエは感想を抱く。

 彼女は気がかりなことが多くあって、正直なところルーカスとの時間を楽しめるような余裕はなかった。


 婚約が決まったことで今後立てられるだろう噂の数々、パーティーで実際に貴族たちと対面する光景、本当に結婚をしたとしても大公妃としての役目がある。今後クロエに降りかかる苦悩を挙げればキリがない。

 加えて、ロージーの件も気がかりだった。怒って感情的に部屋を出て行ったことがずっとクロエの頭の片隅にある。あれから、二人は顔を合わせても特に言葉を交わすことが出来ずにいた。特にクロエの方からどう声をかけていいのかわからなかった。


 ルーカスは隣にある箱を持ち上げてクロエに差し出す。


「クロエさんへの贈り物です。」


 クロエは差し出された贈り物に手を伸ばし、自分の方へと引き寄せた。

 ルーカスは彼女が贈り物の箱を早く開けてほしいようで、そわそわとしていた。それでいて、彼女がどんな反応をするか期待しているようだった。

 

 クロエの視界には彼の期待する様子が入っており、なるべく手早く箱のラッピングを解いていく。その間どんな反応をすべきか頭の中で考えていた。可能な限り大きく喜びの反応を示すことが最善だ、と結論づけたところで蓋をぱかりとあける。


 目に飛び込んできたものは淡いブルー。それからドレスなのだということがわかった。

 淡いブルーの色味が、ブティックで一目ぼれをしたそれと酷似していて、同一のものなのだと理解することに時間はかからなかった。


「これ、あのブティックの……。」

「クロエさん、凄く気に入っていたみたいだから。」


 ルーカスが微笑みながらクロエを見つめる。


 欲しかったものだ、勿論嬉しいに決まっている。

 ルーカスが自分に喜んでほしくて見繕ったものだ、嬉しいに決まっている。


 頭の中ではそう考えているが、クロエの心中は異なる感情で埋め尽くされていた。


 悔しい。

 欲しいものひとつ自分の力で手に入れられない。


「これ、欲しかったの! 嬉しい、ありがとう。」


 クロエはニコニコと笑みを浮かべて感謝を述べた。

 ルーカスはその様子をみて嬉しそうにする。


 自分の感情を奥底に閉じ込めて、頭の中で思い描いていた反応をそのままぶつけた。

 結果的にそれが正解だったとルーカスを見てクロエは安堵した。


 贈り物を貰っているのに”悔しい”などという感情を持つことがおかしいのだ。

 他人の行為を踏みにじるわけにはいかない。


 クロエは箱の中のドレスを取り出して、まじまじと見つめる。


 欲しかったものが手に入ったのだから……。

 本来は他の誰かの手に渡ってしまったと思って諦めていたのだし、良かったじゃないか。


「本当に、素敵だわ……。」


 クロエは自分に言い聞かせながらも、ドレスに対する本音を口からこぼす。


 次第にクロエの反応に喜んでいたルーカスが怪訝そうな表情を浮かべていく。

 ルーカスは、プレゼントを受け取ったクロエの様子がどこかおかしいと違和感に気づいた。


 一体何に違和感があるのか、そこまではわからなかったが直感的にそう感じた。


「クロエさん、もしかして……あんまり嬉しくないですか?」

「……え?」


 無理に喜ばせているのではないかと眉を下げるルーカスと、予想外の言葉に固まるクロエ。


 顔には出てなかったはずなのに、なんで。

 クロエは動揺しながらも笑みを浮かべて「嬉しいよ!」と返答する。


「……僕たちは将来結婚して、夫婦になる予定です。僕にはあなたの想っていることを包み隠さず打ち明けてもらえませんか? 無理をして喜んで貰っても嬉しくないですし、次は本心から喜ばせたいんです。」

「……ち、違う。違うの、無理をしてなんかない。このドレスは本当に欲しかったもので、この前ブティックに行ったら売り切れていたから諦めていたものだし、だから贈り物として受け取ることが出来て本当に嬉しかったし、それで……。」


 ルーカスの目を見たクロエは言葉に詰まった。

 まるで言い訳をしているような気持ちになったし、何より全て見透かされている気がした。


「これからは僕があなたの隣に並んで歩くのです。今まで多くの人間が敵に見えていたことでしょう。でも、僕はあなたの味方です、絶対的な味方がここにいるんです。」


 ルーカスが身を乗り出して、クロエの右手を包み込む。

 包み込まれた手と真っすぐな瞳を交互に見て、それから再びドレスに目をやる。


 たくさんの感情がせめぎ合って、ただゆっくりと瞬きをしながら数十秒の時間が過ぎる。


「贈り物は嬉しいの、これは本心よ。それで……それから……。」


 本当のことなんて言わない方がいいんじゃないか。

 そんな思いもぬぐい切れずに言いよどむ。


 だけれど、ずっと自分も他人も誤魔化し続けていたって進んではいかない。

 そうしていた結果が今の現状であり、自分を自分で悲劇のヒロインのようにさせているのではないか。


 クロエは、また一つ前に進もうと決心する。


「……悔しかった。」


 本心を、ぽつりと呟いた。



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