第二十六話 ロージーの怒り
目に涙を浮かべながら勢いよくロージーは部屋を出た。
今までお姉さまをあんなにも邪険に扱っていたのに、お母さまは酷すぎる!!
ロージーはそう思いながらも、実際のところ一番怒っているのは自分自身に対してだった。
ロージーは内心でクロエが納屋で暮らし始めてからの自分の行動はどうだっただろうか、と振り返ってみる。母親の顔色を伺って、姉を助けることなんてしなかった。
こんな自分が大嫌い。
ロージーにとって、ルーカスとの婚約のことなんて今も昔もどうだって良かった。家や社会は『結婚』を押し付けてくる。それが人生の全てだとでもいうように。
だが、ロージーはそう考えてはいなかった。押し付けが窮屈でしかなかった。
自分の人生はもっとどこか別のところにあるよう気がしていた。それが一体なんなのかは未だわからない。もしも、その中で『結婚』が必要であるか、或いは自分の人生の主軸が『結婚』であると感じることがあれば、それでも良いと思っている。
だけど、今のところそう思える節はない。
だから、ロージーはルーカスとの婚約についての事象の全てにおいて怒りなど覚えているわけもなかった。
では、ロージーの怒りの理由は?
その答えの全てはクロエだった。
「お姉さまは、どうして怒らないの……?」
母親にも、そして自分にも怒りを向けない姉が不思議で仕方がなかった。
たくさん厳しいことも酷いことも言ってきた。いっそ、彼女に嫌われてしまえば自分だって嫌いになれると思っていた。
しかし、そんなことはなかった。
いつまでも、ロージーにとってクロエは大好きな姉だった。大好きだからこそ許せなかった。
「どうして……?」
考え込んで、口から漏れ出る。
わたしは、お姉さまの味方だって、そう伝えたはずなのに。お姉さまにとって、わたしはやっぱり……。
ヒステリックな母親。何もしてくれない父親。面倒なルールに縛られた貴族社会、結婚、跡継ぎ……。
産まれてすぐの頃から、伯爵家の令嬢であるロージーとクロエにはそういった重荷が降りかかっていた。
そんな中でロージーとクロエは唯一ともいえる味方同士だった。何があっても自分の味方であるという揺るぎない信頼があった、はずだった。
どうやらそれは自分だけだったみたいだ、と内心で考えては酷く落ち込む。
クロエは結局、何もかもロージーに話すことはなかった。
そうして気がつくと、クロエは納屋で暮らすようになっていた。それでも、助けになりたいと思うロージーだったが、必死になればなるほど惨めだった。
どうして、お姉さま、お互いが唯一の味方であるはずなのに、どうしてわたしのことを頼ってはくれないの?
考えれば考えるほど、膨れ上がった気持ちはいつの間にか後戻り出来ないほどに大きくなっていた。
側から見たら、馬鹿らしい姉妹喧嘩だろう。
それが、ロージーにとっては何よりも重苦しいものなのだ。
自分の部屋に戻って、それから机の引き出しを開けた。
中には何通かの手紙が入っている。
相手が誰なのかはわからない。
国立図書館で、とある新聞のコラムに意見書を出したことが始まりだった。それから、図書館の意見箱と返答箱を介してやりとりを行っている。
ロージーは政治に興味があった。
だが世の中は女が政治に参画することを嫌っている。領地の中の小さな世界で巻き起こる事柄や貴族社会という意味では、女性が大きく関わりを持つことは少なくないが、ひとつの国という大きな政治に参画することは出来てないだろう。
ロージーは一度だけ、父親と母親と共に食事をしていたとき、エシャロット伯爵に自分の意見をぶつけてみたことがある。彼女は少なくとも父親と二人のときにそれをすべきだったが、父親の返答を聞く暇もなく母親が激怒した。
ロージーは酷く傷ついて、それからは両親の前で政治に関連することを言うのは控えている。
日々を過ごせば過ごすほど、自分の存在意義がわからなくなる。
その中で、この手紙を見ると心が落ち着いた。
自分の意見に真摯に応えてくれる。手紙の相手が誰なのかはわからないが、良い意見はぜひ取り入れたいとも言ってくれる。ロージーは自分がこの世界に存在していると思えた。
「そうだ、返事を書かないと……。」
手紙のやり取りはロージーで止まっていた。
返事の内容が頭の中でうまくまとまらなくて後回しにしていたのだ。
羊皮紙とペン、インクを取り出して机と向き合う。
手紙に没頭しているその間は、怒りも悲しみも何もかも忘れられた。
大まかなシナリオは考えているのですが、詳細を考えれば考えるほど膨らんでいく……思ったより長編になりそうです……




