第二十五話 「変化」
ルーカスとファルネーゼ大公が帰ったあと、エシャロット伯爵、伯爵夫人とその娘2人はテーブルを囲んでいた。
「それで、婚約の話がどうなったのかしら?」
まず開口一番メルロは婚約についてクロエに問いかける。
「ルーカスから婚約してほしいと打診があり、私はそれをお受けしました」
クロエは、父親と母親、そして妹にちらりと目を向けてから、少し気まずそうに返答した。
特にロージーはこの件に関して怒っているのではないかと気が気ではなかった。
もともと、伯爵家ではロージーとルーカスの婚姻を結ぼうという計画だった。
彼女自身、それについて乗り気ではなかったが、心の奥底ではそれを望んでいたかもしれない、何より以前に進んでいた話が反故になった理由の大部分は自分自身のせいだとクロエは思い続けている。
今度こそ、ロージーは許してくれないだろう。
クロエはロージーのむすりとした表情からそれを確信していた。
それから、クロエは母親に視線を移した。
母親もこの結果にかなり怒りを抱いているのではないかと思った。
もともとロージーとルーカスの婚約の手助けをすることを条件にクロエは納屋から屋敷に戻ってきた。
だが、予想に反して母親は怒ってはいなかった。
むしろ普段と比べて機嫌がよさそうに見える。
「あなたにはもうそういったお話は来ないのではないかと思っていたけれど、無事に我が伯爵家から大公妃を輩出できそうで良かったわ。ロージーの婚約者も大公家のお力を借りれば容易に見つけられることでしょうね」
母親は完全にロージーを優遇していると思っていたが、どうやらそうではなかった。
少なくとも自身もロージーも母親のなかではある種、道具のように思われているのであろうとクロエは実感した。
「それで、婚約のお披露目や具体的な結婚についてのプランは何かあるのかしら? そういったものはしっかりと計画立てて行っていかないと。それについて大公はどうお考えなのかしら」
ひとりでぶつぶつと考え込む母親をクロエとロージー、エシャロット伯爵は特段口を挟まずに聞いていた。というのも、そこで余計な口をはさむと母親から変にぴしゃりと雷を落とされる可能性があるからだ。
「クロエ、しっかりルーカスと話し合って頂戴ね。大公はお忙しいでしょうから、ワタクシが計画立てると齟齬がでてしまいそうだわ」
「わかりました、お母さま」
クロエは母親の要望に対してすぐに相槌を打つ。
彼女自身も婚約や結婚についてはルーカスと話し合って決めた方がいいと思っていたので、それについては賛成していた。
とはいえ、大公家はかなり忙しい日々を送っているので、様々取り纏めていくことは基本的にエシャロット家が推し進めていくことになるだろうと、クロエもメルロもある程度予想はしている。
「それで、ロージーはいつまで膨れているつもりかしら?」
母親は急に鋭い視線をロージーに向けた。
ロージーはそれでもふくれっ面をやめることはなく、その表情だけで抗議の意を示していた。
「ずっと、お母さまはお姉さまを邪険に扱っていたではありませんか」
「何よ、急に」
メルロの顔がより険しくなる。
クロエもまた、ロージーの発言に驚き狼狽えていた。
どうして、いま、急にその話をするのだろう。
「それが、ルーカスとの婚約が決まった途端に……態度を変えるなんて……」
ロージーは自身に腹を立てている。だから、母親の態度の変化にすらも怒りを抱いていてもおかしくはないとクロエは感じていた。
とはいえ、母親に楯突いてしまうとロージーが今後自分のようになってしまうのではないかという心配も大きかった。
「ロージー、何か怒っていることがあるなら私に話して頂戴」
「お姉さまとは話したくない」
クロエが優しく声をかけたがそれは何の意味もなかった。
ロージーにはっきりと拒絶を示されて、クロエはそのあとに何も言葉が出てこなくて口を噤むことしかできなかった。
「あなたの結婚相手はワタクシがしっかりと見繕うわ。だから、そうやって子供みたいに不貞腐れるのはやめなさい」
「そういうことじゃない!!!」
きっぱりとした母親の言葉にロージーは怒声をあげる。
母親もここまでの反発は予想していなかったためか、普段であれば厳しい口調で諫めるのだが、目を見開いて固まっていた。
ロージーは目に涙を溜めながら、拳をぎゅっと握って、それから勢いよく部屋を出て行った。
「ロ、ロージー!」
「放っておきなさい!」
クロエは追いかけようかと席を立ちかけたが、時間差で怒りを抱き始めた母親に止められた。
全て自分が悪いと決めつけているクロエには自主的に関係修復に動くことは憚られて、もうきっと関係性の修復は出来ないのだろうと、悲しみを抱きながらも半ば諦めていた。




