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婚約破棄された令嬢のそのあと 〜現実は物語のように甘くない〜  作者: みるくコーヒー


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第二十一話 「招待」


 クロエはジョゼと会話したあと、自席に戻って仕事を再開した。

 頭がスッキリとしたので、仕事は随分と捗った。


 ある程度キリの良いところまで仕事を片付けて、ぐっと伸びをしたところで彼女は気が付く。


 そういえば、今日クロエは魔道所で一度もルーカスを見かけていないという事実に。


「今日、ルークって見ました?」

「朝一番に見かけたけど、すぐに出て行ったから今日は外で仕事じゃないかな」


 隣のリーゼルに問いかけると、すぐさま答えが返ってきた。

 顔を合わせることがないのならば、仕事が終わったあとに”招待”についての作戦を練ればいいかと考えたことで、より一層彼女のなかでのプレッシャーが吹き飛んだ。




 余計なことは考えないように仕事に没頭したためか、クロエは普段より幾らか早く仕事を終わらせることが出来た。


「リーゼルさん、何かお手伝いすることありますか?」

「ん~、大丈夫! 私ももうすぐ終わりそうだから!」


 クロエの問いかけに、リーゼルは魔道機器から目を逸らさずに答えた。

 リーゼルも隣人に感化され、どうにか早く帰ってやろうと必死に手を動かす。


「では、お先に失礼します」

「おつかれさま~」


 クロエは挨拶をして魔道所の外に向かって歩き出す。

 手も止めず視線も変わらないがリーゼルも挨拶だけはしっかりと行った。


 部屋の出口に向かう間も、まだ残って働いている人たちに「お先に失礼します」と挨拶をしながら歩いていく。

 大概の人は笑顔で挨拶を返し、少数は早く帰れることを羨む目を向けたり忙しすぎてそれどころではなかったりと様々だった。


 魔道所を出て、歩いていくと向こうから見知った顔が歩いてくるのが見えた。

 それがルーカスであるとクロエはすぐに気が付いて、先ほどまで忘れていた緊張感を取り戻してしまう。


「クロエさん、こんにちは」


 クロエを見つけたルーカスは、にこにこと柔らかい笑みを浮かべて駆け寄る。

 それに対してクロエはぎこちなく「こ、こんにちは」と挨拶を返した。


「クロエさんはもう仕事終わりですか? 僕もあと報告に行くだけなので、良かったら一緒に帰りませんか?」

「えぇ、そうね、是非」


 クロエは、ルーカスの申し出に絶好の機会だと喜びつつも表には出ないように平然を装って返事をした。

 ルーカスはパッと顔を明るくさせて「すぐ戻るので!」と一声かけて魔道所の方へ急いで向かっていく。


 ルーカスを待つ間、クロエは頭の中でどうやってルーカスとファルネーゼ大公を伯爵家に誘うかを考えていた。


『良かったら遊びに来ない? うーん……ちょっと気軽に誘いすぎかしら……久しぶりにみんなでお茶でもどう? それだと大公を誘う理由にはならないし……』


 誘い文句を頭の中で繰り返しては消す。

 どう招待をするのが最善か、タイミングはいつか、最適解が見つからないまま時間が過ぎていく。


 あれも違う、これも違うと考えこんでいるクロエの目の前にひょこりとルーカスの顔が現れた。

 クロエは驚いて「うわ!」と声を上げてしまう。


「ル、ルーク、驚かさないで……声をかけてくれればいいのに……」

「何回も声をかけましたよ、でも考え事に夢中で全然反応してくれないから」


 ルーカスはむすりと口を尖らせてクロエの言葉に反論する。

 確かに、クロエは考え込みすぎて全く周りの音が聞こえていなかった。


「そうだったのね、ごめんなさい。ちょっとね、色々考えてて……」


 クロエは素直に謝罪をして歩き出す。

 ルーカスもクロエの横に並んで歩みを共にした。


「もしよかったら、悩みごとを僕にも話してくれませんか? 一緒に考えたら解決するかもしれませんよ!」


 ルーカスの屈託のない笑顔に、クロエは目を泳がせる。

 悩みとはいま目の前にいるルーカスに関わることで、それを話すと確かにいっそ悩み事ではなくなるが……それでは悩みの意味がなくなってしまうのではないかとクロエに新たな悩みが発生した。


「いや、相談するほどのことでもないから、大丈夫」


 クロエがルーカスの提案を断ると、ルーカスは目に見えるほどショックを受けたようで、眉を下げて顔を伏せた。


「そ、そうですよね、僕じゃ力になれないですよね……」


 そういうわけではないが、あからさまに落ち込まれるとクロエにも何だか罪悪感が湧いてくる。

 特にクロエが悪いことをしたわけではないはずなのに。


「ルーカスが頼りにならないというわけではないのよ。その、つまり……」


 彼に対して慰めの言葉を述べて、そのあとにどう言い訳をしようかと考えたところで、クロエは何だか何もかもが面倒になった。

 都合のいい口上を並べた誘い文句を考えることも、いまここで言い訳を考えることも。


「つまり、あなたを伯爵家にどう誘おうかと考えてたのよ」

「……え!?」


 クロエのド直球な言葉に、ルーカスは信じられないというように目を見開いた。


「厳密には、ファルネーゼ家への招待だけど」

「ぜひ、招待をお受けします!」


 ルーカスは少しも悩まずにクロエの招待に了承の意を示した。


「そ、そんなにすぐ決めなくても、大公に相談してから返事をくれればいいのに」

「いえ、大公には僕から上手く言っておきますから」


 ルーカスは笑顔を取り戻して、にこにことしながらクロエに言う。

 クロエはルーカスがあまりにも食い気味に言うので、逆に何だか怖くて顔を引き攣らせた。


「じゃ、じゃあ、お母さまにお伝えして正式に招待状も送るから」

「はい、お待ちしてます」


 その後の帰路を辿る間、ルーカスは普段より一層上機嫌で、その分クロエは物事が順調に進みすぎて不安になるのだった。


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