第十九話 「刺々」
「戻ってくるからって急いで掃除でもしたのかしら」
屋敷の一室、元々クロエの部屋だった場所は、彼女の記憶のまま保存されていた。
埃を被っているか、物置にでもなっていると予想していただけに彼女は驚いていた。
きっと、母親が急いで掃除でもさせたのだろうと推察する。
たとえ家族だとしても面目を潰したくないのがエシャロット伯爵夫人という人物だからだ。
クロエは、どさりとベットに寝転がる。
ふかふかのベットなんて久しぶりだ。納屋のベットは硬くてはじめは身体を痛めたものだ。とはいえ、今はそれにも慣れてしまったが。
「協力……か」
クロエは仰向けになりながらぼそりと呟く。
協力する、と言ったものの実際何をすればいいのかよくわかっていなかった。
自分に出来ることがあるのだろうか。
社交界からも随分と離れていた身だ、今は何が流行であるかもわからない。
かつて自身が社交界によく顔を出していた時期と『普通』が異なってしまっていることも考えられる。
とはいえ、どうせ古くからの慣習を重んじる貴族たちのことだから大した変化もないだろうけれど。
考えを巡らせていると、廊下を早足で歩く音が聞こえてきた。
「どういうつもり!?」
足音が聞こえてきた、と思った矢先怒声をあげて部屋に入ってきたのはロージーだった。
「どういうつもり……って?」
「ルーカスとの婚約だなんて、わたしは望んでない!!!」
怒りのせいか、早足で来たせいか、ロージーは「ふーっ、ふーっ」と荒々しい息遣いをしている。
「お母さまから打診があったのよ。私はルークと職場が同じだから、それで……」
「そんな建前とっくに聞いているわよ! この屋敷に戻ってきていいって条件付だっていうことも知ってるわ! お姉さまはずっとおひとりであの納屋で暮らしてきたっていうのに今更快適な生活が恋しくでもなったってわけ? 助けなんて必要ないって陰気な顔で屋敷を出ていったくせに」
ロージーの言葉はいつにも増して刺々しかった。
だが、彼女がこの件に関して怒りを示されても当然のことだとクロエは理解していた。
クロエが婚約破棄されたことでエシャロット家は貴族の間で白い目を向けられて、その所為でロージーとルーカスの婚約話は不意になった。それだけではない、その後ロージーは中々縁談の話すらも上がらなかった。
今更なんだというロージーの意見はもっともだ。
彼女ももうすぐ、結婚適齢期を超えて"行き遅れ"の不名誉な仲間入りを遂げてしまう。
「ロージーとルーカスの縁談が不意になってしまったのは私の所為だから……あなたの怒りも当然だわ。だからこそ、次は協力したいの」
それは、クロエなりの償いでもあった。
だが、ロージーの顔は晴れずにより一層曇っていく。
クロエが協力の意を示すほど、申し訳なさを表に出すほど、ロージーは不機嫌になる。
「協力なんていらない」
「ロージー、私のことを怒っているし恨んでいるでしょうけれど「馬鹿みたい」
ロージーはクロエの言葉を遮って吐き捨てた。
「お姉さまは何にもわかってない」
もう何を言っても無駄だというように、ロージーは小さく呟くとクロエに背を向けて扉に向かっていった。
「とにかく、お姉さまは何もしなくていいから」
部屋を出る寸前、ロージーは振り返ってクロエにそう言ってから足早に立ち去った。
「そんなこと言われても……」
正直なところ、この屋敷に戻ってきた時点でクロエの中で何もしないという選択肢はなかった。
ロージーに対してせめて自分の出来ることはしようと決めていたし、母親との取り決めもある。
それから、ある意味自分自身のためでもあった。
自分の居場所を確立するために、エシャロット家という立ち場を利用してやろうと、打算的にこの出来事を捉えることにしていた。
次この屋敷を出て行くときは、悔しいだなんて感情は抱かない。理不尽にも抗い、自分の意思でこの屋敷を出て行く。
そんな未来を目指すのだ。




