第十七話 「目論」
それはパーティーの翌日、朝一番の出来事だった。
「クロエ、入れて頂戴」
クロエが朝の支度をしているときに扉がノックされた。
声の主は母親で、クロエは予想外の人物に驚きを隠せず眠気を帯びた眼が一気に開かれた。
クロエは急いで扉に向かいバッと開けると、母親が腕を組んで仁王立ちしていた。
「入るわよ」
そういうと、クロエの返事を待たずに母親は彼女の脇を通って中に押し入った。
「埃っぽい……よくもこんなところに住めるわね」
クロエは母親のその言葉を聞いて眉を顰める。
ここでの暮らしを強いたのは他でもない母親であるというのに、どの口が言うのだろうと内心で苛立ちを覚えた。
「あの、お茶でもお入れします」
「結構よ、すぐに屋敷に戻るから」
一体、何の要件だろうか。
母親は椅子に座ることもせず、部屋の中をぐるりと見てからクロエに再び目を向けた。
「国王主催のパーティーで、ルーカスと踊っていたわね」
「……はい、踊りました」
クロエが想像していた通り、あの場に母親はいたのだ。おそらくはロージーも、そしてフレデリックやマリメルも居たことだろう。
「ルーカスとの親交が続いていたとは、驚きだわ」
「ルークが私の働く魔導所に異動してきたので、ただの同僚です」
母親は興味なさそうに「ふーん」と相槌を打った。
「ルーカスがファルネーゼ大公の実子だということはご存知ね?」
「はい、ルークから直接聞きました」
「そう、なら話は早いわね。ずいぶん昔、ルーカスとロージーの婚約話が出ていたのは覚えているかしら。どこかの誰かさんがめちゃくちゃにしてしまったけど」
クロエは静かにコクリと頷いた。
最後の一言で、自分がロージーの人生をめちゃめちゃにしたのだという実感が再び湧いてくる。
「ワタクシはね、もう一度二人のご縁を結びたいと思っているの。ロージーの姉として、協力してくれるわよね?」
疑問形で問いかけているが、その実母親がクロエにノーを言わせるつもりなどなかった。
鋭い眼光がクロエに突き刺さる。言い得ない圧を感じていた。
「も、勿論、協力させて頂きます」
「あぁ、それは良かった」
クロエの返答に、母親は珍しく笑顔を見せる。
その笑顔が、クロエにとってはとても気持ちの悪いものだった。
「あなたも屋敷に戻ってらっしゃい。ファルネーゼ大公にそんなみすぼらしい洋服も納屋での生活も見せられないでしょう」
そうして、母親は嵐のように納屋を去っていった。
たったの一言でクロエが今まで必死に過ごしてきた納屋での生活が終わりを告げた。
何もかもを自分で調達して、貴族とは思えない生活をして、それが母親の気分だけで左右される。
悔しかった。
自分に抗えるほどの力や能力が無いことにも。
クロエは大きくため息を吐きながらも仕事の支度をして納屋を出た。
屋敷に戻れたとしても、またいつ追い出されるかはわからない。一時の喜びのみで仕事を辞めるつもりなど毛頭無い。
むしろ、母親やロージーと共に生活をしなければならないという事実に心が重たくなった。




