第十四話 「舞踏」
パーティーの最中、現れて注目を集めたルーカスが一直線に向かったのはクロエの元だった。
呆けるクロエをよそにルーカスは横にいるジョゼとチェイスに目を向けた。
「こんにちは、ジョゼさん。それと、お久しぶりです、チェイスさん」
「君が私の部隊を抜けて以来、めっきり顔を見せなくなってしまったな。みんな君を寂しがっているよ」
「それは、まあ、嬉しい限りですね」
ルーカスは照れたように小さく笑う。
ルーカスはチェイスが隊長を務める魔導師団の第二部隊に所属していた。
つまりは、ルーカスとチェイスは前職の上司と部下であるわけだ。
「ちょっと、クロエさんをお借りしますね」
「うん、いいよ」
ルーカスの言葉にジョゼは迷うことなく即答する。
クロエは突如進んでいく話に狼狽えていると、ルーカスが手を差し出してきた。
「クロエさん、僕と一曲踊ってくださいませんか?」
「え……なんで、私なんかと……」
クロエは素直にその手を取る気にはなれない。
人に囲まれていたルーカスが、わざわざ自身を選択したという事実をクロエは理解できなかった。
「だって、せっかくのパーティーですから、楽しんだ方がいいじゃないですか」
ね? と同意を得るようにルーカスは首を傾ける。
依然として、その申し出を受ける気持ちはクロエにはなかったが、ルーカスは彼女の右手をぎゅっと握った。
「何事も楽しんだもの勝ち、ですよ」
にこりと笑ってルーカスはクロエの手を引いていく。
パーティーの真ん中で男女がダンスを楽しんでいる。
その輪の中にクロエとルーカスも参戦した。
クロエにとって、それは随分と久しぶりの出来事で、困惑しながらも昔の記憶を必死に思い起こした。とはいえ、もう十年も経っていれば、全てにおいて流行というものは過ぎ去っており、それはダンスにおいても例外ではなかった。
曲調、ステップ、自分の記憶にある何もかもが古めかしい。
だが、どうにかルーカスがリードしてくれているおかげでそれらしくは見えているような気がする。
「そういえば、自己紹介が遅れましたが、ルーカス・アデレイン改めルーカス・ファルネーゼと申します」
「ファ、ファルネーゼ?」
ダンスの最中にさらりと落とされた爆弾にクロエは目をぱちくりとさせる。
なぜ、ルーカスが大公の姓を名乗っているのか。
「僕の実の父親は大公で、アデレイン子爵家に養子に出されていたんです」
「じゃ、じゃあ……ルークは、次期大公……ってこと?」
「そういうことになりますね」
驚きの事実にクロエはダンスどころではない。
それを知ると、ルーカスが大公と共にパーティーに訪れたことも、彼があんなにも人に囲まれていたことも合点がいった。
ルーカスはまだ未婚の青年、数多の令嬢が優良物件である彼に取り入ろうと必死になるだろう。
「あっ!」
ぐるぐると考えを巡らせているクロエは、慣れないステップに足を取られて倒れそうになる。
上手く体勢を整えることが出来ず、もうダメだとぎゅっと目を瞑った。
しかしながら、彼女が地面に倒れることはなかった。
温もりに包まれて、おそるおそる目を開ける。
クロエはそこで自分がルーカスに抱き留められているということに気が付いた。
「大丈夫ですか? クロエさん」
「あ、ご、ごめんなさい!」
「良かった、怪我がなくて」
ルーカスが助けてくれなければ大けがをしていたかもしれない。
「ありがとう、ルーク」
素直にお礼を言うクロエ。
視界にはお互いだけが映っていて、二人だけの世界が今にも創られそうだ。
ただ、そこでクロエは嫌な現実に気が付いた。
周囲はダンスをしていて、ただでさえ注目されるパーティーの真ん中。
貴族の中で最も優れた婚約者候補であろう大公令息。
かたや不名誉なレッテルが貼られている伯爵令嬢。
そもそも、このパーティーで自身の正体など知られたくはなかった。
いや、いつかはそうならなければならない。公の場に出ても平気な状況を作らなければ。
だが、それは少なくとも今ではなかった。
今日、クロエは陰でひっそりとやり過ごす予定だったというのに。
「ルーカス・ファルネーゼと踊っているのは一体誰?」
「あれ……エシャロット伯爵令嬢じゃないか?」
「あぁ、あの『婚約破棄された売れ残りの令嬢』」
気がついたら、クロエはパーティー会場を飛び出していた。
本当にそんな会話がされていたのか、正確にはわからない。
だが、ひそひそとした話し声、向けられる批判を帯びた視線。
それは、かつて体験した過去を鮮明に思い起こさせた。
「う”ッ!」
吐きそうだ、気持ちが悪い。
ジョゼさんに挨拶も出来ていないのに、だけどもう戻れない。戻りたくない。
クロエは吐き気をグッと堪えながら、どうにか気持ちを落ち着かせようと木の陰に座り込んだ。




