第十三話 「出席」
煌びやかな装飾、豪勢な食事。
全てが豪華絢爛な世界に久しぶりに触れて目が眩みそうになる。
どうか、自分がクロエ・エシャロットであると気付かれませんように。
そう願いながら、クロエは体を縮めてジョゼの隣を歩く。
パーティー用のドレスはリーゼルが快く貸し出してくれた。
そのままあげる、と気前の良いことを言ったリーゼルに対して激しく首を振ったことがクロエの記憶に新しい。
「気分はどうかな?」
「思っていたよりは、普通です」
ジョゼの投げかけに控えめに答える。
クロエは、パーティーに訪れたら体調を崩してしまうのではないかと懸念していた。
久しぶりの空間に対して、お世辞にも良いとは言えない記憶が呼び起されて、それがまた気分を悪くさせるのではないかと。
だが、彼女が思っていたよりは平然とその場にいることが出来る。
確かに委縮はしてしまうけれど、どうにかやり過ごせるのではないかという気になった。
「ジョゼさん、お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだね、チェイスくん」
声をかけられたジョゼはにこやかに応対する。
チェイス、という名前にクロエは聞き覚えがあった。
かつて、ルーカスが所属していた魔導師団第二部隊の隊長だ。
「そちらは最近どうかな?」
「相変わらず忙しく危険な毎日ですよ。それに、最近の新人はなかなか言うことを聞いてくれなくて、困っていますよ」
「それは魔道所も同じだよ、若い子たちは元気だからね」
二人の会話を横で聞きながら、クロエは陰に徹する。
自分を変えるために、状況を打破する第一歩として参加を決めた。
だけど、一日を無事にやり過ごすだけで今は精一杯だとすぐさまクロエは理解した。
急にアクションを起こすことは、あまりにも段階を飛び越えすぎているだろう。
「今日は副所長の彼は一緒ではないんですね」
「うん、外せない仕事でね。今日は彼女に同行をお願いしたんだ」
陰に徹していたというのに、視線が向けられたのがわかった。
クロエは仕方なく、おずおずとチェイスの前に出る。
「ま、魔道所の……クロエ、です」
緊張と、不安と、様々な感情が混ざり合い、たどたどしい言い方になる。
名前を聞いてチェイスは「ああ、君が」と声をあげた。
『婚約破棄された売れ残りの女のクロエ・エシャロット』だと気付かれたのだろうか。
好奇な視線を向けられるのだろうか、それとも哀れみの目か。
「初めまして、リーゼルの父親のチェイス・レッドエルです。娘から度々話を聞いています、仲のいい同僚だと」
「あ、リーゼルさんのお父様でいらっしゃったのですね。」
ご家族の詳しい役職などを聞いていなかったクロエは、自己紹介をされて驚いた。
そういう意味で自身の名前を聞いて声を上げていたのだとわかり、安堵する。
加えて、リーゼルが自身を『仲のいい同僚』だと話してくれていることに喜びを感じた。
緊張がほぐれたところで、周囲がざわりと騒がしくなった。
みんなの見ている方向に視線を向けると、二人の男性がそこにはいた。
「ファルネーゼ大公か」
チェイスがポツリと呟いた。
ファルネーゼ大公は王弟であり、厳格な王族で有名だ。
常に表情は険しく恐れられているが、仕事に関しては完璧で王の補佐として国を支えている。
妻は娶らず、子どもがいない……はずなのに、隣に若い男を引き連れていることで周囲がざわりとする。
何よりも、クロエはその若い男にじっと視線を向けている。
「ルーク……?」
若い男は、クロエもよく知る男であった。
ルーカス・アデレイン。アデレイン子爵の令息であるはずの彼がどうして大公と一緒にいるのか。
クロエは、その理由がわからずにいた。
「ジョゼさん、どうして……ルークはあそこにいるのでしょうか」
「それは、僕よりも本人に聞く方が良いんじゃないかなぁ」
理由が知りたくて、ジョゼに声をかけてみたが答えは聞き出せなかった。
少なくとも、いま彼の近くに行くことは賢明だとは思えなかった。
完全なる注目のまと、話そうと試みる貴族は数知れず。
ルーカスは、ファルネーゼ大公に見込まれたのだろうか。
そうして、いま彼は魔道所での仕事に加えて大公の元でも仕事をしているというのか。
ルーカスが遠くへ行ってしまった、そんな気持ちになって目が離せない。
じっと彼を見つめていると、ばちりと目が合ったような気がした。
それから、ルーカスが周囲に群がる人たちをかき分けて輪から出てくる。
一直線に、ずんずんとクロエに向かって歩いてきていた。
「え、え……??」
彼は明らかに自分のところへ向かってきている。
クロエにはそれが良く分かった。
逃げ出す暇もなく、あっという間にルーカスはクロエの目の前にたどり着いた。
「こんばんは、クロエさん」
ルーカスはにこりといつも通りの笑みを浮かべながらクロエに挨拶をする。
クロエは、ぱちぱちと瞬きをして目の前の男を見つめるしかなかった。




