第十二話 「決意」
今日もクロエはいつも通り仕事をしていた。
隣の席の2つ年上の同僚が執拗に絡んでくること以外は、いたっていつも通りだった。
「毎年この時期になると同じ話をしてくるのはやめてください」
「だーって、凄く衝撃的だったんだもの。わんわん声を上げて急に泣くもんだから」
執拗、とはいうもののクロエはそれが特段嫌ではなかった。
ただ自分の恥ずかしい過去が晒されているという点において嫌気を感じている。
寒くなってくる頃、クロエは仕事につくために魔道所を訪れ、ジョゼの優しさに触れて涙を流した。急に声をあげて泣くものだから、その時仕事をしていた人たちは手を止めて彼女を慰めた。
それが余計に彼女の琴線に触れて涙を溢れさせた。
そして、同僚のリーゼルはその事象の渦中にいた。
精一杯にクロエを慰め、そして現在に至るまで毎年クロエにその時のことを語るのだ。
「正直、はじめは世間知らずそうな貴族のお嬢様がどこまで出来るのか……なーんて思っていたけれど、もうすぐ十年経とうとしているなんて、人生って早いわねぇ」
「……リーゼルさんだって貴族のお嬢様育ちじゃないですか」
「私は勤めるべくして勤めているのよ」
リーゼルは貴族の出自であるが、少し特殊な家系で育っている。
魔導師団所属の優秀な魔導師を輩出し、一家全員がエリート街道まっしぐら。リーゼルは『女』であることから当初は優秀な魔導師と婚姻を結ぶための教育しか受けさせて貰えなかったが、彼女の希望や彼女自身が魔法の才に溢れていたこともあり魔道所勤めを勝ち得た。
その傍ら、魔導師団に勤める夫を持ち、彼女は彼の横に並んで最前線で働くことが夢なのだと言う。
欲しいもの、やりたいことは全て自分の力で勝ち取っていく。
そんなリーゼルをクロエは尊敬していて、自分もそうありたいと思っている。
そのためには、目標設定から始めなければならないのだけれど。
「クロエちゃん、ちょっといいかな」
「はい!」
遠くからジョゼに声かけられて、クロエはすぐに返事をして飛んでいく。
「なにか私にご用件でしょうか」
「うん、実は国王主催のパーティーに魔道所も招待されてね」
ジョゼがスッと一枚の紙をこちらに差し出す。
まず『招待状』という大きな見出しが目に飛び込んできた。
そこには魔道所の所長であるジョゼと付き添いにもう一名を招待することが書かれている。
クロエがまず考えたことは、なぜ自分に? ということだった。
普段、招待されたパーティーには副所長と共に参加している。
「副所長は今、長期任務に出ているからね。パーティーまでに帰ってこれないんだ」
クロエの考えを読むように、彼女が問いかけるよりも先にジョゼが答えた。
「貴族の出自でないと、作法とか色々な面でツライ思いをさせてしまうし、リーゼルくんは家の方で参加しないとならないんだ」
ジョゼは先手を打って、彼女が逃れる隙を与えず逃げ場を閉ざしていく。
クロエは顔を曇らせた。
それならば、自身がツライ思いをすることは厭わないというのか、と。
ジョゼは彼女の事情を知っている。
だから、フレデリックやマリメル、エシャロット家の面々と対面するかもしれないことも、事情を知る貴族たちから白い目を向けられるかもしれないことも考えたらわかるはずだ。
「これは、ある意味機会なんじゃないかと僕は思ってね」
「一体、何の機会ですか? 私は、貴族たちの集まる場所になど行きたくありません」
「だけど、クロエちゃんは貴族の舞台から出ていくことはしない。この街を出て、誰にも知られない場所で生きる選択だって取れるはずでしょ? それは、どうして?」
図星だった。
ツライからと言い訳をしながらも、だからといって貴族であることをやめようとしない。
もっと前にあの屋敷を出ていくことだってできたのに、それをせずに納屋に籠っている。
なぜ?
そんなこと決まっているではないか。
「だって、私が屋敷を出ていかなければならない理由も、白い目を向けられる理由もありません。なぜ、私は少しだって悪くないのに逃げなければいけないのでしょうか。理不尽でなりません」
だからといって、徹底的に戦うこともしない。
そんな自分が大嫌いだった。
「だから、いい機会だと思うんだ。君が、逃げも隠れもせず、自分の居場所を確立するための第一歩。勿論、僕はクロエちゃんの意見を尊重する。だけど今の言葉を聞いて、次に進む段階なんじゃないかと思ったけれどね」
二人の間で沈黙が流れる。
クロエはジョゼの言葉を何度も頭の中で反芻した。
黙って抱えていた理不尽に立ち向かわなければ、解消されることはない。
リーゼルのように自分自身で欲しいものも成したいことも勝ち取っていかなければならない。
ただ日々を過ごしているだけでは、何も進んではいかない。
人生は都合の良い物語ではないのだ。
婚約破棄されても救い出してくれる王子様は現れなかったし、家族は徹底的に守ってなどくれなかった。婚約破棄された女に待ち受けるのは厳しい現実で、誰かが助けてくれることを待っていては何も始まらない。
「わかりました。パーティーに同行します」
クロエはハッキリとした言葉でジョゼに告げた。
理不尽に立ち向かう決意を。




