第十話 「遭遇」
ルーカスに付き合って貰い、新しいドレスを購入したそのあと、クロエは一人で帰路を辿ろうとルーカスの反対方向に歩き始めたそのときだった。
「クロエ」
ばたりと出会ってしまったその二人。
フレデリックとマリメルだった。
結婚して何年も経つというのに、仲睦まじくぴたりとくっついている姿。惹かれあってしまったのだと豪語しただけある。暗にお互いが運命の相手だと示唆されているような気がして、吐き気がする。
「久しぶりだな。めっきり夜会やパーティーで姿を見せなくなったから」
「こちらのブティックでお買い物をしていたのね。私たちも良くここに買いに来るのよ」
フレデリックとマリメルは、以前と変わらぬ様子で普通に声をかけてくる。その神経がクロエには理解できなかった。
どの口がほざくのか、誰のせいで私が夜会にもパーティーにも行けなくなったと言うのか。
私が汗水垂らして働いてやっと貯めて、それでも質素なドレスしか買えないというのに、目の前の女は軽々しく自身は常連だと口にする。
どこまでも、無神経で、あぁ吐きそうだ。
クロエは内心で毒を吐きながらもそれを間違っても口に出さないように細心の注意を払っていた。
「ひ、久しぶりね、フレデリック、マリメル」
口の端を引き攣らせながらもどうにか挨拶をする。
そこで気がついた。マリメルがクロエの頭からつま先までジロジロと品定めをするように見ていることに。
そして、フッと鼻で笑われたことにも。
「そのドレス、すこーしデザインが古い気がするのだけど、気のせいかしら?」
マリメルがさも純粋な疑問を口にするかのように言う。
わざとだ、とクロエはすぐにわかった。
もう何年も前に購入したドレスだから、今では型落ちのデザインであることは間違いない。
だが、わざわざそんなことを口にしなくても良いだろう。マリメルの底意地の悪さが現れている。
「良かったら、一着プレゼントしましょうか? ドレスならいくつかあってもう着ないものもあるの」
完全なる嫌みだ。
それなのに、隣にいるフレデリックはうっとりとマリメルを見つめている。
彼には優しくて思慮深い女に見えているのか。
頭がおかしいのではないかとクロエは内心での悪態が止まらない。
「いいえ、結構よ」
クロエがきっぱりと断りを入れると、フレデリックがキッとこちらを睨んできた。
「クロエ、もっと言い方があるだろう。マリメルは繊細なんだ」
なぜ、私が怒られなければならないのか。
クロエは全くもって理解ができなかった。何よりもマリメルが繊細だという言葉が信じられなかった。
本当に繊細なのであれば、あんなに嫌みったらしいことは言わないであろうに。
「……急いでいるの、失礼するわ」
クロエは2人の横を足早に通り抜けて帰路を辿る。
私が一体彼らに何をしたというの?
どうしてこんな仕打ちを受けなければならないの?
マリメルは私から、彼も公爵夫人の座も奪ったのに、どうしてここまで私をコケにするの?
考え始めると疑念は止まらない。
なぜ、なぜ、なぜ。そう思えば思うほどに吐き気が込み上げてきた。
家までの道のりが遠く、険しく感じる。
「お゙え゙ぇっ!!」
限界まで我慢して我慢して、納屋に着いたところでトイレに駆け込んで吐き出した。
完全なるストレスだ。
婚約破棄されたばかりの頃も同じだった。
フレデリックとマリメルの幸せそうな様子を見ては吐いて、吐いて、吐いて。痩せ細りすぎて死んでしまうのではないかとすら思った。
夜会もパーティーも、あなたたちのいる場所に私は足を踏み入れられないのよ。
クロエはそう思いながらヨロヨロとトイレを出て、ドサリとベットに倒れ込んだ。




