5-10
その数日後、ルパートはレイトン侯爵から手紙を受け取った。
そこには挨拶に来た際の礼を欠いた扱いや、甥への縁談に対し真摯な詫びが綴られていた。
さらにルパートが残した治療法が引き継がれず、娘アリーゼの体調が思わしくなく、可能なら再び主治医を引き受けてくれることを希望していると書かれていた。
ルパートはN&H社から支払われた慰謝料を元手にしばらくこの国を離れ、医学を学び直すことにしていた。
とはいえかつての患者アリーゼのことも放ってはおけず、治療プランを手紙に同封し、主治医が引き受けるなら協力して治療を進めることを提案した。侯爵は主治医を変え、協力を依頼し、ルパートへ留学の援助を申し出た。
領の人々に惜しまれながら、一月後、ルパートは旅立った。
「何かあったらいつでも帰って来いよ!」
ドーン達薬師、領の医師仲間、病院で手伝ってくれた人たちも、患者達も、そしてダレンとルビアも集まり、旅立つルパートを見送った。
祖父母や父が自慢していた優秀な叔父。
ラスール風邪から救ってくれたあの時、ルパートは頼りになる医者で、患者だったダレンは安心して治療を受けられた。しかし病から回復してからはダレンを「領の後継ぎ」として見ているだけで、家族というより監視役だった。
もし叔父が領主としても優秀で、領を、自分を導いてくれていたなら、ダレンは叔父を頼りにし、素直で従順な良い子のままだったかもしれない。家族を家族として扱わず、手伝いだけの領主代理だったからこそダレンは変わろうと思ったのだ。領を、ルビアを守るため。
ダレンがノートン社・ホーソン社と賠償金の交渉をした時、ホーソンはルパートの個人的な支払い分は無関係だと主張したが、領だけでなく関係者全員に対する謝罪を求め、粘り強く交渉した。だからこそルパート個人への「慰謝料」も支払われることになったのだが、ルパートがそれに気付くことはないだろう。
レイトン侯爵の元を訪ね、礼と詫びの品を持参して偽の紹介状を見たがるように仕組んだのは、自分にまで向けられた悪意が許せなかったからだ。ルパートのためではない。そう思いながらも、どこかほっとしていた。
叔父が救われたことに。
そして叔父がここからいなくなったことに。
「さあ、戻りましょうか」
遠ざかる馬車から視線を外し、ルビアはダレンの手を取った。
ルビアは気付いていた。ダレンもまた気付いていた。本人だけが気付いていない、無自覚な恋慕、執拗に向けられる視線に。だがその視線の先にあるのは歪んだ心が作り上げた虚像で、本当のルビアのことなど見ていなかった。
ルビアはずっと気付かないふりを通し、ダレンのそばを離れなかった。ルパートの性格から何もしないと信じながらもずっと警戒していたが、ようやく緊張感から解放され、ルビアは本来の笑顔を取り戻した。
「私、尊敬できて、一緒に働ける人が好きなんです。…ダレンでよかった」
ルビアはしっかりとダレンの手を握った。
「…僕は、いい人じゃないよ」
「ちょっとお人好しですけどね」
「そうかな」
ダレンはルビアの手を握り返し、引き寄せた。
「…私もいい人じゃないですよ。嫌いな奴には容赦しません。熊を追い払う丸薬を投げつけたことだってありますから」
「熊? その話、聞きたいな」
「何なら作り方教えますよ?」
屋敷に戻る二人の足取りは軽く、誰もが二人を温かい目で見守っていた。
半年後、二人は領で結婚式を挙げた。
小さな領の若い領主の結婚式は派手さはなかったが、式の後のパーティは陽気で和やかで、領民も多く参加した。大勢の人に祝福されながら、同時に人々の期待も感じた。
領の経営は始まったばかり。この北の小さな領はまだまだ可能性を秘めている。
かつてルビアが一人で住んでいた別館は、月に一度はダレンと二人でひきこもり、仕事を一切持ち込まず、のんびり過ごす場所になった。
「お茶をどうぞ」
淹れたての紅茶に、少し焼き色の濃い手作りのお菓子を添えて一息つく。
別館から見える裏庭。
ルビアが薬草畑にしてしまった裏庭は、今でもレイベ草は青だけだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
誤字ラ、連日の出現、すみません。
ご指摘ありがとうございます。
追加話が多く、かき上げた後もなお振り回されてました。
伏線全部回収しようと欲張ったのが悪かった…。
毎度のことながら、かき上げた後も予告なく修正を入れます。
誤字ラ出現と合わせて、ご容赦のほど。




