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赤い花、青い花  作者: 河辺 螢
第五章 北邱の領、あの日から
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5-3

 あの病がまた猛威を振るいだした。

 薬の備蓄を進めたのは正解だったと自讃していたが、当てにしていた薬は思ったほど効き目がみられず、重症患者が増えていった。


 N&H社の薬屋からは薬はいつもと同じもので、言いがかりをつけてきても返金はしないと言われた。

 違う病なのだろうか。領の医者仲間と相談したが、呼吸器系の病ならレイベ草の入ったあの薬でもっと効き目があっていいはずだ。意見が一致し、薬を見てもらうため知り合いの薬師ドーンに手持ちの薬を預けた。ドーンは預けた薬をより分け、何か別の薬を加えて戻してきた。使ってみると効き目の違いは一目瞭然だった。

 ドーン達領の薬師は領の医者に配られていた薬を回収し、さらにN&H社から直接在庫を買い取って薬を加え、配り直した。調合済みの薬だとわかるよう再配布された薬には別の印がつけられていた。

 調合し直された薬が領内に行き渡ると重症者は減り、死に至る者は少数にとどまった。


 N&H社の薬屋は店を閉じ、店主はいなくなっていた。店ができてからずっとルパートが贔屓にしていたにもかかわらず、挨拶にさえ来なかった。



 患者の数が落ち着いてきた頃を見計らい、ドーンはルパートに説教した。

「おまえは何をしてるんだ。出来合いの薬に頼り、粗悪品をあてがわれても気がつかないのは、多忙を言い訳にした怠惰が引き起こしたことだ」

 こんな風に面と向かって非難されたのは初めてかもしれない。しかしドーンの言うことは間違っていなかった。あの薬さえ手元にあれば安心だと思っていた。薬をそろえることに満足し、粗悪品に法外な金を費やしてしまった。


「おまえがあの薬を信頼してるのはわかってたさ。だがやり方ってもんがある。盲目的に領外の薬屋にばかり金を回せば、領の薬師は食っていけなくなる。お前はこの領をあの薬屋に依存させるつもりだったのか? あの程度の薬しか作れないような連中に」

 あの流行病の後、領を去っていった薬師は一人や二人ではない。今でも出て行く宛てがあるならここを離れたいと思っている者は少なからずいるだろう。


 多忙は嘘ではなかったが、怠惰と言われれば否定できない。自分で確かめることができなくても、信頼できる者を選んで確かめさせればよかったのに、たったそれだけのこともしていなかった。人の命を守る薬でありながら…。

「領主様なら、もっと領のことを考えてくれよ」

「領主じゃない。…領主代理だ」

「だとしてもだ。『代理』って言葉に逃げてんじゃねえぞ。…ったく」


 口は悪いが、ドーンは昔から領主の息子だろうとその辺の子供だろうと態度を変えることはなく、本音で話をしてくれる。ルパートが信頼できる人間の一人だ。

 ドーンは薬師達がこの夏の間「レイベ草」を使って薬を作っていたことを明かした。

 この領ではなじみのない薬草だったが、レイベ草を知っている者がドーンの元にやって来て薬にできないかと相談してきたのだそうだ。匂いであのラスール風邪の特効薬に使われている素材だとすぐにわかったという。

 領の薬師としての誇らしげな顔。かつて救えなかった命にくやしい思いをしていたのは、みんな同じだった。



 N&H社の薬屋は、病が終息してからも再開される様子はなかった。その後、N&H社が薬の買取に対し領の役人に賄賂を渡していたことが発覚した。報告を受けたルパートは、代わりの薬も何とかなりそうな目途がついていることもあり、N&H社との取引停止と役人の懲戒免職の処分に承認のサインをした。



 病院に手伝いに来た人から一口で食べられる手軽な食事を出されるようになり、仕事の合間に食事を取るようになった。初めは周囲がうるさいので口にしていたが、おいしいと感じると自然と手が伸びた。

 相変わらず仕事は次から次へと舞い込んできたが、手伝いの誰かが部屋や倉庫を片付けてくれていたおかげで、無駄な探し物に時間を取られることが少なくなった。

 荷物置き場にしていたベッドが片付けられ、毛布も替えられていた。長椅子でのごろ寝で充分だと思っていたが、きちんと寝ればその分深く眠ることができた。医者でありながら自身の健康も守れない生活をしていたことに反省した。

 自分を支えてくれる人達がいる。周りが見えるようになるのにずいぶんと時間がかかってしまった。


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