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ダレンは学校生活最後の年を迎えた。
ダレンは既に薬草学の単位は取っていたが、一年ぶりに所長の講義を履修していた。所長の講義は毎年内容が変わるので、単位にならなくても聞いておきたかったのだろう。
四年生になってから、ダレンは元気がなくなったように見えた。何かあったのか聞きたかったが、忙しいらしく、講義が終わるとすぐに教室を出て行き、ルビアと話をする時間はあまりなかった。
研究所のレイベ草が花の盛りを終え、その年のレイベ草がらみの実験が一通り終了した頃、学校の行事の一つ、見学ツアーの担当が薬草研究所に回ってきた。学校に関係のある部署が毎年持ち回りで担当していて、薬草研究所ではこの企画が回ってくると南部にある研究所の農園に実習に行くことにしていた。
道中二泊、農園に一泊し、農園での活動時間は一日ほどで、実習というより観光の要素が強い。三泊四日の小旅行にはルビアも世話係として同行することになった。
南部では時期をずらして野菜や花を長期間栽培していて、王都を中心とした中部地域にも供給している。秋咲きの花は他の地域より遅くまで咲いていて、今ならまだレイベ草の赤い花畑も見ることができるとオリヴィアから聞いていた。
学年を問わず集まった学生達は総勢二十人。ダレンも参加していた。学校関係者はルビアを含めて四人いた。
今回は侯爵家の子息が参加しているおかげで侯爵家から八台の馬車が提供され、護衛に侍従までついた。旅の段取りは途中の観光を含めて全て侯爵家が采配し、道中ルビア達がすることはほとんどなかった。
ルビアは学校関係者のために用意された馬車であまりなじみのない人達と相乗りしたが、人懐っこい学校の職員レオンが場を取り持ってくれたおかげで、和やかな雰囲気で旅をすることができた。ルビアはいつもうまく話題がふれず、気まずいまま口を閉ざしてしまう。誰とでも話せるようにならなければと思っているのだが、いつも誰かに助けられてばかりだ。
南に進むにつれ、あちこちに花畑が見られるようになった。自然の花畑もあるが、花卉農園が多く、既に出荷され花が切り取られた畑もあれば、種用なのか花を多く咲かせている畑もある。
学生は裕福な家に生まれたものが多く、家の庭で花を見るのは慣れていたが、畑規模で一面に咲く花の迫力は段違いで、休憩を兼ねて馬車を止めると感嘆の声があちこちから聞こえた。
二日目の午前中に農園に着き、附属施設での質素な一泊に侯爵家からクレームが来るのではないかとひやひやしたが、そこは「他の学生と同じように」との仰せだ。ご子息はむしろこの特別な一日を楽しみにしているようだった。侯爵家の従者は数人の護衛を残し近くにある別荘で待機することになった。ここからはルビア達の仕事だ。
王都では見られない草花の説明を受け、続く芋や野菜、果樹の収穫体験は任意参加だった。男子は全員参加していたが、令嬢方には少し敷居が高かったようで、見ているだけのものが多かった。完全に遊びで体験している者もいれば、自分の領で使っている農具と比較している者もいる。芋の料理に感動して、自領でこの芋を栽培したいと取引先を聞く者もいた。いろんな視点があるものだとルビアは感心しながらも、片付けの甘い学生達の後始末や、部屋割りの文句、食事への不満に愚痴だけ聞いてなだめた。時々ダレンが心配そうな視線を送って来たが、ルビアにはダレンこそちゃんと楽しめているか心配だった。
就寝時間になり、学生達がそれぞれの部屋に収まると、ようやく息をつけた。
農園産のワインを出してもらい、職員同士で世間話をしていると、農園の職員が所長と図書館の因縁の話を聞かせてくれた。
オーウェン所長の前の所長は世界的に高名な薬草学者で、今一番普及している薬草事典を編纂した人でもあった。国内外の薬草関係の図書を集め、私物ながら研究所に置いて所員みんなが自由に使えるようにしていた。前所長が亡くなった時、遺言で図書は全て薬草研究所に寄贈され、所員は感謝してもしきれなかった。前所長の恩に報いようと、その年は多くの論文が発表され、追悼論文集が刊行されたくらいだ。
その数年後、研究所の建物を建て替えることになり、一時的に図書を図書館で預かってもらった。ところが当時の図書館長は前所長からの寄贈本を全て図書館の蔵書にしてしまった。当然所長は抗議したが、図書館長は「薬草研究所も図書館も全て王のもの、優れた図書は図書館で集中管理し、希望する者が使えるようにすべきだ」と主張し、王は図書館長の主張を認め、図書は戻って来なかった。
今研究所に備え付けの図書は少なく、薬草研究所でしか使わないような図書も期限付きで借りなければいけない状態が続いているのだそうだ。
このまま時が経てば、図書館による図書強奪は忘れられてしまう。だから所長も研究員も前所長の図書を研究所に置いて、進んで延滞する。延滞は抗議なのだ。催促状を見てルビアが図書を返しに行った時、研究員がすぐに次の図書のリストを出して借りてくるよう言ったのも、抗議の一環だった。
ルビアは意図的に延滞していた図書を返してしまい、勝手なことをしたと後悔したが、借りる本は時々入れ替えているらしい。そうしないと督促担当の図書館員が叱られるからだ。
図書館側もあの時の館長がいなくなり、今なお恨みを募らせている薬草研究所の延滞抗議に思うところもあるが、規則上催促しない訳にもいかず、事情を知らない新人に延滞の催促をさせているらしい。それも迷惑な話だ。
レオンはかつて図書館で事務官として働いていて、この時の事情をよく知っていた。
「何とかできればいいんだけど、図書館としても蔵書にした以上、今更手放すことはできないからなぁ…」
「個人にではなく、研究所に貸出してもらうことはできないんでしょうか。薬草研究所以外使わないような図書もあるって所長は言ってましたけど。研究所に本があるとわかっていれば、必要な人は研究所に借りに行くと思いますし…」
「そうだなあ。それ、提案してみようかな」
そう簡単に事が運べばここまで引きずることはなかったのだろうが、関係を修復する気があるなら早い方がいい。
ワイン二本が空になったところでお開きになり、それぞれの部屋に戻った。




