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春になり、この年は青のレイベ草を大目に残して実験することになった。所長からの依頼で青レイベ草だけの鉢植えも育てている。
別の場所では北邱の領から持ってきたレイベ草も育てている。葉の色の変化観察だけでなく成長の記録を任され、時々所長に報告して手順の確認や次の指示をもらった。
北邱の領から持ってきたレイベ草は、領より暖かい王都で育ててもさほど大きくならなかった。もはや別の品種と言ってもいいのかもしれない。一株だけ、植木鉢に入れたままこの地区のレイベ草と同じ場所で育てることになった。赤い花の花粉がつけば次の代は赤い花が咲くかもしれない。交配しないなら北邱の領では赤い花を憂うことなく安定してレイベ草を生産することができるだろう。
北邱の領の青レイベ草に関することはダレンにも報告することになっていた。最終的な報告書は所長から渡されるが、ダレンに「王都の流行の調査」に誘われた時にはその途中経過を伝えていた。
「次の夏休み、一緒に報告に行かないか?」
珍しく「戻る」という言葉を使わず領に行くことを誘われたが、
「夏はレイベ草の世話と実験で抜けられないと思います。…いつも誘っていただき、ありがとうございます」
ルビアの断る理由も「行かない」から「行けない」に変わっていた。
ダレンは小さく頷いて、いつものように深追いはしなかった。
この夏が終われば、あと一年。
ダレンは卒業して北邱の領に戻り、ルビアはまだこの先のことは決まっていない。
正式な研究員ではないルビアは、ここを離れれば今と同じ仕事をすることはないだろう。薬草農園か、どこかの家のメイドか、それとも全く違う仕事か。
そろそろ次の仕事を意識し始めた頃、近くの研究所で働いている人から声をかけられた。面識がないわけではなかったが、さほど話したこともない人だった。
「君はいつも真面目に働いているね。オーウェン所長の覚えもいいし」
「…ありがとう、ございます」
褒めてはもらったが、何故か嬉しさ以上に警戒心が強くなった。
「前々から君のことが気になっていてね。どうだろう、私と付き合ってみないか?」
いきなりの告白に一瞬声が出なかったが、ドキッともせず、妙に冷静だった。しかし相手は自分の都合のいいように受け取ったようだ。
「驚くのも無理はない。君は平民だと聞いてるし、私は伯爵家の血筋の者だからね。気後れするのはわかるが心配ない。平民の君の後ろ盾になれるはずだ」
相手が自分に何を求めているかはわからなかったが、「平民」を繰り返す男にあまりいい感情が持てず、ルビアは早々に諦めてもらえないか考えた。
「あの、…私、両親はなく、身元を保証する人はいませんが」
「身寄りがないのか。…、うーん、それは…、…苦労したね」
笑顔を崩しはしなかったが、かなり反応が悪くなった。研究所で働ける程度にはコネをもつ平民だと思っていたのだろう。
「それに、一度結婚していますが」
「結婚?」
相手の態度が一転し、もはや笑顔をとりつくろわなかった。
ルビアが思った通りだ。貴族なら既婚歴は気にするだろう。特に女性側の離婚は卑下され、傷物と言われることもある。
「はい、二年前に離婚して、ここに就職しました」
チッという舌打ちが聞こえた。身寄りのない平民でしかも離婚歴があると聞き、彼の中でルビアの評価は急落したようだ。
「何だ、生娘に見えたのに…」
露骨な表現に嫌悪感が芽生えたが、無事諦めてもらえそうだ。もう一押し、
「自分があなた様のお相手に相応しくないことはわかっていました。後から知ってトラブルになるより、先にお話ししておいた方がいいかと思いまして」
ルビアのもっともらしい説明に、男ははあああ、と盛大な溜息をつき、嫌な虫でも見るような目つきで眉間にしわを寄せて
「…今の話はなかったことにしてくれ」
と言い残し、その場を去った。
しかし、知り合いに振られたのかと冷やかされてプライドが許さなかったらしく、男はルビアに身寄りがないことや離婚歴をペラペラと周囲の人に話し、自分から振ったのだとアピールした。おかげでルビアを見る目を変えた人が何人かいたが、別に結婚相手を探しに研究所に来た訳ではないので気にしなかった。
逆に経験豊富な女だと勘違いし、別の意味の「気軽さ」で声をかけてきた者がいたが、丁度通りすがった所長にこってり絞られ、それ以降ルビアを口説こうとする者はいなくなった。
書類上とはいえ、離婚という事実は重いものだった。ルビアはいっそこのまま結婚しなくてもいいような気がしていた。




