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赤い花、青い花  作者: 河辺 螢
第四章 薬草研究所
36/53

4-8

 所長室を整理していたら、所長が王立図書館で借りていた本の督促状が出てきた。長いものは返却期限から半年も過ぎている。

「大丈夫だよ、どうせ他の人が読むような本じゃないから」

「所長もずっと読んでませんよね? 返しますよ?」

「うーん…」

 全然返そうとする意欲が見られないので、代わりに所長室から本を探し出し、図書館に返しに行くことにした。

「図書館に行くならついでにこれを頼むよ」

 通りすがりに研究員達から殴り書きしたメモを渡された。借りてくる本のリストだ。帰りは軽くなると思ったのに当てが外れた。


 図書館のカウンターに本を出し、ルビアは代わりに怒られる覚悟だったが、

「ありがとうございます! 返していただければもうそれで…」

と逆に礼を言われた。

「オーウェン所長って、本に関してはルーズなんですよね。催促状を送ってもほとんど反応ないですし…」

 確かに所長らしくない行動だと思ったが、

「ご迷惑をおかけしてます」

と改めて頭を下げた。


 研究員達から頼まれた本を借りるため目録を調べると、どれも書庫の本だった。出納票に記入して受付に出し、本が出てくるまでの間椅子に座って待っていると、四人掛けの机で声を落として話し合いをしている学生達がいて、そのうちの一人がダレンだった。夏休みは帰省していて、学年が変わってからは所長の講義を受講していないので最近は会う機会がなかったのだが、元気そうな姿に安心した。


 意見が合わないのか怖い顔をしている。あんな顔もするんだと意外に思った。領にいた頃の癖で、ルビアの前ではいい子でいようとしているのかもしれない。

 四人の女子学生がダレンたちに合流した。かつてルビアに嫌がらせをしてきた女子学生ベリンダもいた。あの標本事件で仲違いをしていた子達も一緒にいる。仲直りしたのだろうか。毎日のように会い、関係を修復できるのも学生ならではかもしれない。


 ベリンダがルビアに気付いた。一瞬睨まれたように見えたが、すぐに目を逸らされほっとした。彼女はまだダレンとルビアの仲を誤解したままなのだろうか。もう受講生ではないのだし、できるだけ関わりたくない相手だ。


 タイミングよく呼ばれて本を取りに行った。渡された本はどれも厚みがあり、今日返しに行った本よりも重かった。鞄に入れて持ち上げ、帰る前に何気にダレン達のいる机を見ると、他の席から椅子を持って来て八人で話し合いをしていたが、話が盛り上がってしまったのか静かにするよう叱られているところだった。その中でベリンダはダレンの背後に隠れて腕をつかんでいた。他の人は謝っているのに、ダレンに甘えていると言うより盾にしているように見えた。どうにも好きになれないタイプだ。

 ルビアはそのまま図書館を出た。



 門が見えてきたところで背後から声をかけられた。

「帰り?」

 振り返ると息を切らせたダレンがいて、当たり前のようにルビアの鞄を手に取った。

「あ、それは」

「これは重いな。研究所まで運ぶよ」

「いえ、仕事ですから…」

 軽く引っ張ってみたが、鞄はルビアの手を離れた。


「皆さんと勉強中だったのでは?」

「うるさくしてたら怒られて解散。…気がついてたなら、声をかけてくれたらいいのに」

 口を尖らせた姿は不満そうではあったが、さっきの不機嫌な表情とあまりにかけ離れていた。今のダレンはルビアの知っているダレンだ。


「夏はずっと領にいたんですか?」

「領にはいたけど、家にはあまりいなかったかな。山の方に行ったり、マーティンが…、あのアボット商会の後継ぎが領を見に来たから案内したり、別の友人のところにも行ったし」

「相変わらず活動的ですね」

「あと二年だしね。ルビアは何してたの?」

「所長のレイベ草の実験を手伝ってました。レイベ草の青い花にも薬効成分があるのではないかと試したり…。あれから何種類かの薬草の観察を任されていて、薬草の生育レポートを書くんですけど、あまりうまく書けなくて…」


 きちんと学校に通えなかったせいもあって、ルビアは読み書きに少し不安があった。辞書の引き方は覚えたが、スペルがあやふやになり誤字も多いと自覚している。それだけにレポートを書くときは慎重になって書くのが遅く、文面もまとまっていない。所長からはレポートを続けるように言われていて、せっかく任された仕事なので、もっとうまく書けるようになりたかった。


「一緒に勉強しようか。土曜日は仕事ないよね?」

 気軽に提案してくれたが、ダレンがいつも忙しくしているのは知っていた。自分のために時間を確保してもらうのは気が引けたが、誰かに添削してもらいたいとずっと思っていた。研究員に見せた時に顔をしかめられないレベルになりたいのだが、相手はきっちりと学業を積んできたエリートだ。字が下手なだけでも読みにくいと不評を買い、時には書き直しと言われることもある。

「お願いして、いいですか? 都合のつくときだけでいいので」

「もちろん」

 ダレンは笑顔で引き受けた。


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