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赤い花、青い花  作者: 河辺 螢
第四章 薬草研究所
35/53

4-7

「…青いんです」

 覚悟という言葉を心の中で唱える前に、ルビアは口を開いていた。

「赤レイベ草の葉は緑が濃くて、青レイベ草は青みを帯びて見えるんです。並べるとはっきりと違うので、迷うことなく抜くことができるんです」

 所長は目を輝かせ、身を乗り出して続きを求めたが、それが秘密のすべてだった。


 所長はルビアの種明かしから推測を巡らせ、自分の仮説を発展させていった。

「見えているのは薬効成分だろうか。となれば、花が咲けば葉の青みは落ちているんだろうか」

「…花が咲いた後の、葉の色は、…あまり意識したことは…」

「花に葉の中の成分が集まって青くなるとも考えられる。…となると、花びらからでも薬が取れる可能性があるな」

「花弁は薄いですし、雌しべを傷つければ種が取れなくなります。レイベ草の雌しべは折れやすいですから」

「うーん、しかし葉に含まれる青が花に移動しているとしたら、高濃度の薬が取れる可能性もある。一度試してみてもいいかもしれない。そうだ、花の後の葉の色の変化を記録してくれないか? いやあ、この話が花の季節の前に聞けて良かった!」


 所長の研究への高揚がルビアの心にも移ってきた。

 葉の色の変化はここでは自分にしかわからない。自分にしかできない仕事だ。見える力を使うことには変わりがないのに、自分の力を利用されるとは感じない。自分の役割を果たすような、そんな気持ちになった。


 この区画にあるレイベ草は青レイベ草を観察しやすい程度に赤レイベ草を間引けばいいと言われ、指示通り赤いレイベ草を少し抜いて赤と青が半々になるようにした。



 数日後、所長は濃い緑から青に変化する色見本を用意し、葉を観察して葉に近い色の番号を書くことで色の変化を記録することになった。


 収穫の時期には安定していた葉の色が、夏の盛りを過ぎ蕾がつく頃、青みが若干薄くなっていることがわかった。まだ色の差ははっきりしていて見分けることはできる。つぼみが膨らみ、花が咲くと葉の青みはさらに薄くなり、緑寄りになっていた。それでも赤レイベ草との差はわかる。わかるからこそ青レイベ草の変化に気づかなかった。



 青レイベ草の花びらを摘み取ってすりつぶすと紫色の汁になり、瓶に取り置いたが数時間も経たず茶色く変色していた。薄めて動物の餌に混ぜられたが、死ぬことはなかった。

 王城の地下に留置されていた罪人に咳のひどい者が出ると、薬の実験台として処方が許可された。効き目のある薬の実験台に選ばれ、咳が収まったのは運がよかったが、三日後はむち打ちらしい。


 安全な量が把握できると、希望する患者に濃さを調整しながら処方したが、確かに似た薬効を示してはいたが、葉を超えるほどの効果は期待できなかったうえに独特の匂いが強くて飲みにくかった。実験に付き合ってくれた患者は皆元の薬がいいと言った。



 南部出身の研究員オリヴィアから南部では赤いレイベ草の花をハーブティのようにお茶に入れて楽しむと聞き、所長は目を輝かせたが、

「南部では青いレイベ草は毒草ですからね!」

と何度も注意された。


 好奇心には勝てず、青い花をガラスのポットに入れてお湯を注ぐと紫色に染まり、やがて茶色に変色した。顔を近づけると、うっすらとだがいかにも毒草を思わせるタダモノではない匂いがした。

 これだけお湯を入れていれば充分薄まっていると所長は主張したが、オリヴィアのいる前で試飲は許してもらえなかった。


 オリヴィアが入れてくれた赤レイベ草の花のお茶は、鮮やかな赤い花が湯の中でくるくると回り、まろやかなオレンジ色に染まっていったが、色だけで匂いは薄く、味はほぼなかった。

 赤レイベ草だけのお茶を試飲した所長は、

「色付きのお湯だねえ」

と物足りなさそうだ。

「他のお茶に混ぜて色を楽しむんです。赤レイベ草だけで飲むことはほとんどないですよ」


 花びらを煮出したり、砂糖漬けにしたり、強い酒に付け込んだり、いろいろ試したが、飲みにくさは改善されなかった。とれる量も少なく、かといって葉より優れているわけでもなく、種を犠牲にしてまで花びらを使う必要はないという結論に至った。


 葉の色の変化の記録は取れたが、ルビアの主観的なもので他の手段を使って客観的に証明することができず、論文としては公表しないことになった。しかし貴重なデータが取れたと所長はホクホク顔だ。開花後の葉の薬効が下がる理由が葉の中の成分が花に移動するためであることは間違いないだろう。所長はその結果に満足していた。


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