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年末になると、年越しの休暇にダレンが帰って来た。成長期の少年はちょっと見ない間にずいぶん背が伸びていた。
初日はルパートが家に戻って来て、共にディナーを楽しんだようだが、翌日にはまた屋敷を離れた。おかげでルビアはメイドに戻れ、学校や王都での様子を聞くことができた。
「あの表通りの薬屋で売られていたラスール風邪に効く薬、王都でも同じものが売られていたけど王都の方が安かったよ。薬以外は王都の方が物価が高いのに」
ダレンはこの領であの薬がいくらで売られているのかきちんと把握しているようだ。領の金で仕入れているものだ。知らないでは済まされないだろうが、この土地を離れていてもそういったことにも目を向けているとは、将来有望な領主になること間違いなしだ。
「あの裏庭の薬草、やっぱりレイベ草だったんだよね」
ダレンがここを出る時に手紙として渡した絵のことを思い出し、ルビアは自分の下手な絵を渡してしまったことに改めて羞恥を感じたが、すまし顔でごまかした。
「街の薬師さんに使ってもらったんですが、よく効くようです」
既にレイベ草の効き目は確認済みのルビアに、ダレンは
「さすがだね」
と感心しつつ、
「せっかく見つかったんだから、もっと活かせないかなあ…」
とつぶやき、そのまましばらく考え込んでいた。
自分が考えていることを口にしてもダレンなら生意気だとは言わないだろう。少し緊張しながらも、ルビアはレイベ草のことを話してみた。
「レイベ草は畑で育てられる薬草です。大きな畑で育てることができれば収益を上げることができるかもしれません。ですがまずこの領の人たちを守る薬として必要な分を育てることを目標にしてみてはどうかと思うんです。他からの薬に頼らなくてもいいように」
「そうだね。自分達のことは自分達で守れるようになりたいな」
ダレンと自分の考えが同じだとわかり、ルビアは安心した。
年の差を感じることなく話ができるのはダレンの成長だが、もう既に追い抜かれているようにも感じた。
「領主様が特定の薬屋の薬を高く評価しているとは聞いていますが、それにしても一つの会社がずっと言い値で納品を続けることができるなんて、どなたか領のお役人の中に商会とつながっている人がいるのでしょうか」
ルビアの質問に、ダレンは少し難しい顔をした。
「備蓄用の薬は領の金で買っているから、財務担当が値段交渉をしているはずだ。それなのに今でもあんな値段のままなのは、うまい汁を吸っている奴がいるんだろうな」
悔しそうな表情を見せたダレンは自分の無力さを感じているようだ。
「あの病気が流行った年、叔父上は自分の手持ちのお金であの薬を領に持ち帰ったんだ。ものすごく手に入れにくかったって聞いた。あの薬を手配してくれたホーソン氏に叔父上は今でも恩義を感じていて、あの薬だけじゃなく領で作れる薬もあの会社が領内に持ち込むことを許したんだ。住民も新しい薬屋の薬の方が効くと思い込むようになっている。そんなことをしていたら領から薬師がいなくなってしまうのに、どうして気付いてくれないのか…」
今、領の薬師が直面している問題をダレンがきちんと把握していることに、ルビアは驚きを感じた。
ずっと家にいて、勉強に追われ、寂しい思いをしていた小さな少年じゃない。遠くにいても領のことを思い、領の現状を憂うダレンは領を任う者なのだ。
それなら、この話もわかってくれるだろうか。
「この街で作られている手荒れ用のクリームのこと、ご存じですか?」
「クリーム?」
「マルカスという花が入ったもので、以前働いていたところで人からもらったことがありますが、高級品として売られているんです。王都でも手に入ると思うんですけど。ラスール風邪の薬を売っている薬屋が安く買い上げて高値で売っているみたいなんです。…もっと領の利益になる売り方があるのではないかと思って」
「…そうか。何かできることはないか、僕も考えてみるよ」
あのクリームに価値を見出したのはN&H社であり、それで利益を上げること自体は悪いことではない。しかし薬と言い、クリームと言い、自分達の利益だけを求め、相手に対する敬意が感じられず、この領をカモにしているとしか思えない。それがルビアには腹立たしかった。
まだ学生のダレンにすべての問題解決を任せられるとは思っていないが、自領の価値あるものをわかってもらえるだけでもきっと今後に役立てることができるだろう。
「ねえ、ルビア。僕が卒業するまでここで待っていてくれないか?」
突然言われた叶わない願い事に、ルビアは口を閉ざした。
適当に「はい」と言ってごまかしてもよかった。正直にあと一年もせず出ていくことになっていると言ってしまってもよかった。それなのに嘘をつくことも、本当のことを言うこともできなかった。
親しい人にそばにいてもらいたいのだろう。学校で同じ年のクラスメートに囲まれていても、領に戻れば周りはみんな年上で、思うようにならないこともあるだろう。中では一番年が近く、気心が知れているのがルビアなのかもしれない。それでもルビアはあくまでメイドであり、本来こんなに気安く話をしていい身分ではないのだ。契約でも関わってはいけないと言われているのに。
言い淀んだルビアに答えを察したが、ダレンはあえて笑顔で、
「考えておいて」
と軽い言葉で切り上げた。
翌日、ルビアはクリフォードに呼び出された。呼ばれた時点で予想していたが、
「ダレン様とは距離をわきまえていただきませんと」
食事の合間に領の話をしただけだったが、ここに残ってほしいというダレンの言葉がクリフォードの耳に入ったのだろう。クリフォードの容認を超えてしまったようだ。
「あなた様は契約であってもルパート様の妻、ダレン様は甥御様です。ダレン様は領主として、それなりの家格の方を妻にお迎えしなければいけません。妙な噂が立っては縁談にも差し支えます」
守るべき坊ちゃんに慕われ過ぎてはいけない。当然の念押しに、ルビアは謝るしかなかった。
「ご心配をおかけしてすみません。気を付けます」
年末は使用人も帰省する者が多く、この期間だけルビアは毎日メイドとして働いていたが、ダレンの食事は別のものが担当するようになった。ダレンは外出することが多く、あまり話ができる時間を持てないまま短い休暇は終わり、学校に戻った。
その後もダレンから手紙をもらうことがあったが、ルビアはクリフォードが余計な心配をしないで済むよう、届いた手紙も送る返事も全てクリフォードに見せた。事務的に私信を差し出すルビア。ルビアはそれがこの家を守る執事の仕事だと割り切っている。
メイドとしてならそれでいいが、契約上であっても本来この家の奥方だ。それなのにクリフォードを執事として頼ることはない。反論どころか意見することも、言い訳さえもしない。
ダレンを第一に考える、クリフォードの優先順位に揺るぎはなかったが、自分の判断に迷いを感じていた。




