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赤い花、青い花  作者: 河辺 螢
第三章 北邱の領
23/53

3-8

 一週間後、再び裏通りの薬屋を尋ねると、ルビアの顔を見ただけですぐさま店主が店先に出てきた

「あの薬草の!」

 笑顔で出迎えられて、あれはレイベ草で間違いなかったと確信した。

「あれはいいな。どうやって手に入れたんだ?」

 渡したものは青レイベ草100%だ。効果があったなら桁違いによく効いただろう。効き過ぎていないといいが。

「マッコレーのかみさんは風邪ひくといつも喘息がひどいんだが、いつもの薬に混ぜたら二日で収まった。言われた通り薄めに使ったが充分効果があった。あの葉っぱ、まだあるか?」

 ルビアは持ってきた薬草を全て机の上に出した。庭に植えたいろいろな薬草、もちろんレイベ草も一束ある。


「冬に備えられるといいんですが。何かあった時にどれくらいあればこの街の皆さんに行き渡るでしょうか」

 裏の丘に自生しているとはいえ、ここのレイベ草は小さく、さほど繁殖力も強いとは言えない。将来的には薬草農家に託して育てた方がいいだろう。


 これからを考えていたルビアとは逆に、店主はあきらめ顔だった。

「全員に行き渡らなくていいんだよ。…どうせラスール風邪が流行りだすと表通りの薬局が大量に薬を売り出して、俺達の出番はないからな」

 店主の口ぶりから、あの新しい二件の店は街の薬師には歓迎されていないようだ。

「確かに四年前にはあの薬の世話になったが、とんでもない値段だった。ラスール風邪の流行が去れば値段は下がったが、それでも薬の相場からすればずいぶん高い。それなのに非常時の備えだと言って領主様があの店から言い値で買うもんだから、調子に乗ってやがるのさ。あの薬だけじゃない。俺達が作ってるのと大差ない腹痛の薬だって高い値段をつけてるが、高けりゃ効くと思って金のあるやつは通りの薬屋に行き、領の薬屋を頼らなくなっちまった。こっちは商売にならねえしよ。…まったく、領主様もいつまでもあんな連中に恩を感じなくたってよ」


 薬を買い取っているのはルビアの夫になったルパード・バスティアンだ。ということは、ルパードは町医者ではなく、領主と言うことか。兼業かもしれないが…。


 ラスール風邪の流行以来、領主は領の薬師よりも他の領で作る薬を頼りにしているのだ。それだけ効き目があったのだろうが、それではこの土地の薬師はやりきれないだろう。人や技術を育てるのも大切なことなのに。


「あの表通りのお店で薬を売ってるのって、薬師さんじゃないですよね。薬師さんは奥にいて…」

「どっか遠くで作った薬を運んで来て売ってるんだ。薬屋らしく見せるために街の薬師を雇ってるだけさ。地元の薬師に作らせてるもんはのど飴だの、はちみつ漬けだの手荒れの軟膏だの、薬と言うほどでもないもんばっかりだ。それも気に入ればどっかに持って行って売りさばいてるって話だ」


 薬屋には薬師がいて、薬師に調合してもらう。それが当たり前だと思っていたのだが、この街では薬を売るだけの店が繁盛し、そのしくみが成り立たなくなっているようだ。


 ここの店主は薬師で、前回も今回もルビアの持ってきた薬草を自ら手に取って確認した。レイベ草だけを引き取るかと思ったが、持ってきた他の薬草も買い取ってくれた。レイベ草以外は見知った薬草のようで、用途を聞かれることはなかった。


 ここでも薬だけでなく、手荒れのクリームや薬草や生き物を漬け込んだ酒、歯を磨く粉も置いてあった。薬だけでは食べていけないのだろう。

「今回のお代は手荒れのクリームでもらってもいいですか?」

「おう、好きなだけ持って行きな。そんかわり、このレイベ草、まだあるなら持って来てくれよ」

 店主はカウンターの奥にあった手荒れ用のクリームの入った容器を両手にごっそり取り出し、カウンターの上に並べた。しかしこんなにもらっても使いきれないので、三個もらって後は返した。一つ蓋を開けて軽く手の甲に塗り、匂いをかいでみた。

 心地よい爽やかな香りは嗅ぎ覚えがあった。農園で働いていた時にジェラルドにもらったクリームと同じ香りだ。

「いい匂いですね」

「この辺で取れるマルカスの花とその蜜が入ってるんだ。この辺りではよくあるもんだが、…レイベ草に詳しいってことは、あんた、よそから来たんだよな」

「はい。一年前にここに来たのですが、前にいた所ではこのクリーム、高級品でしたよ」

 恐らく今でも高級品だろう。

 行きは薬を積んでこの領で高く売り、帰りは安価で作らせたクリームを載せて南部や王都で高く売っているのだ。クリームの販売先を変え、うまくやればいい特産品になり、領が潤うのに。


 どうしてここの領主はこんなにも領のことに無頓着なのか。ルビアは疑問に思った。領の事だけではない。ルビアの扱いもそうだ。最初に手紙で契約を結んで以来、執事に丸投げして会うこともない。ただ契約した二年が過ぎるのを待っているだけ。納戸にしまった置物のように、別館に閉じ込めたことさえ忘れているだろう。



 その後も、薬師ドーンの薬屋に週に一回薬草を届けに行った。

 ルビアが行く時間に合わせて他の薬師が店で待っていることもあった。用意できるレイベ草はあまり多くないが仲間内でいろいろ試しているようで、乾燥した葉を強い酒に浸したものと煮出したもので効果を比べたところ、煮出したものの方が効き目がいいと話してくれた。

 レイベ草で作った琥珀色の薬を瓶に入れ、他の飲み薬に数滴混ぜて様子を見ながら処方しているが、特に副作用もなく、今のところ治験した人はみんな回復に向かっているらしい。

 薬師達は議論しながら生き生きと目を輝かせている。こんな風に仕事に取り組む薬師達を活かさないなんてもったいないことだ。

 レイベ草は表通りの薬屋の専売ではない。薬の効果を知ってもらえば、無駄に高い薬にも引けを取らないとわかってもらえるはずだ。


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