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赤い花、青い花  作者: 河辺 螢
第三章 北邱の領
21/53

3-6

 春になるとルビアは裏の丘に行って薬になる草を見つけては掘り起こし、裏庭に植え替えた。根付かない薬草もあったが、レイベ草は比較的根付きがよかった。

 「奥様の裏庭」は花よりも緑の葉っぱで満ちていたせいで、雑草と間違えて危うく抜きそうになった新入りの下男エドモンドを止め、この庭には一切手を出さないことを約束させた。


 ここで育つレイベ草に気がかりなことがあった。ルビアにはここのレイベ草がすべて同じ色に見えるのだ。二十歳が近づき、いよいよ「見える」目も衰えてくる頃ではあるが、少々早すぎる。

 もしかしたら、全て同じレイベ草なのかもしれない。赤レイベ草だけということもなくはないが…。

 誰かに期待されて育てているわけでも、商売にするわけでもない。それでもこの土地で青レイベ草が育てられれば、薬屋にぼったくられることも、薬不足に困ることもなくなるだろう。


「何を育ててるの?」

 急に背後から声をかけられ、見るとダレンが興味深そうに庭を見ていた。わからない人には雑草の生えている庭と変わらないだろうが、

「同じ草がきれいに並んでるね」

 わかる人にはわかるらしい。

「これ、裏の丘からとって来たんですけど、どれも薬草になるんですよ」

「へえ…、そうか。僕にはただの草にしか見えないけど、こんな近くに宝物が生えていたんだな。やっぱり知識って大事だなぁ」


 学校では多くのことを学べなかった。そのせいで自分にできることは多くないと思っていたルビアは、今までの自分の経験を「知識」と呼ばれたことがたまらなく嬉しかった。

 ポロッとこぼれた涙を袖で拭い、ルビアは笑顔で

「そうですね」

と答えた。

 急に涙を見せたルビアに戸惑いながらも、その後の笑顔を見てダレンはその涙の訳を聞かず、気付かなかった振りをした。



 数日後、授業で植物観察の実習をすることになり、ダレンと家庭教師が裏庭にやってきた。ルビアも呼び出され、二人に付き添った。

 植物図鑑を使って薬草の名前や効果を確認していくのだが、ルビアが知っているものはどれも図鑑と一致していた。薬草事典の所々に挟んでいた下手な絵は笑われたが、追記したメモを見て

「すごいな」

「確かに、これは価値ある情報です」

とダレンだけでなく教師からも感心されて、ルビアは何だかむず痒い気分になった。

 祖父から教わった薬草の知識は確かなものだった。ルビアは改めて祖父に感謝した。


 自分はあと一年ちょっとでいなくなる。ダレンも進学で間もなくいなくなるが、四年後には戻ってくるだろう。その時にこの庭がどうなっているかはわからないが、何かの役に立つ時が来るかもしれない。

 そう思いながらも、ここにレイベ草がある事はまだ言えないでいた。

 青のような気がするが、赤かもしれない。ここの葉はどれも同じ色に見えるが、本当に同じなのか自分の目の衰えなのかわからない。混ざっているならはっきりと判断がつくのに…。

 赤レイベ草なら薬草とは言えず、レイベ草だと思って効果のない草を使えば治療に支障をきたしてしまうだろう。

 ルビアの思いを察したのか、ダレンはレイベ草については何も聞かなかった。




 ダレンが王都の学校に行く準備は着々と進み、夏が終わりかけた頃、王都に向かうことになった。

 その前日、ダレンを見送るためルパートが屋敷に来た。翌日の見送りのため屋敷に泊ると聞き、ルビアは別館に引きこもった。

 別館に明かりが灯り、一人用の食事が運ばれると、後は誰も訪ねて来なかった。


 温かく、おいしく、むなしい食事。使用人の大机でみんなで食べるのに慣れてしまったルビアには、豪華な食事も味気なく感じた。だけどこれが本来の自分。家の主人の命令に背いて築いた関係を晒せば、自分だけでなくみんなが罰されてしまう。


 見送りもできないダレンにはもう会えないかもしれない。長い休みになれば戻ると言っていたけれど、一年後、自分もまたいなくなるのだから。

 裏庭の隅に早咲きの一輪の花を見つけ、ルビアは筆をとった。

 せめて手紙を渡そう。名前を書かなくても自分だとわかるような手紙を。




 叔父をはじめ、家のみんなが旅立つダレンを見送る中、メイドのルビアだけがいなかった。

 急な用事で昨日から屋敷を離れていると聞き、残念に思ったが、クリフォードが手紙を預かっていた。


 屋敷が見えなくなり、執事から手渡された手紙を開いたダレンは、思わず笑みを漏らした。

 絵葉書大の紙にはレイベ草が描かれ、青い花が咲いていた。文字でも「レイベ草」と書かれていたが、殴り書きのような味わいの絵ながら見ただけでレイベ草とわかるのは表現力があるということなのだろうか。

 裏庭で育てていた薬草を調べた時、この草は飛ばされ、そのまま授業が終わってしまった。聞き返せなくてそっと葉をちぎり、後で図鑑で調べた。

 図鑑には名前と学名しか書かれていなかった。

 薬草事典に挟まれたルビアの手書きの絵。その横に、


 レイベ草

  青レイベ草は咳、気管支炎、肺炎に効果あり

  ラスール風邪の特効薬とされている

  赤レイベ草には薬効なし(無害)


 そう書いてあった。

 花の色がわからない限り、レイベ草を薬草とは呼ばない。そんな意思を感じた。


 あの花が咲いたのだ。この北の地でもレイベ草を手に入れられる。叔父が借金をしてでも手に入れ、領民を救った薬の原料。母が倒れ、父が必死に手に入れようとしたが間に合わなかった薬。そして父もまたラスール風邪にかかり、同じ年にこの世を去った。

 こんなに近くにあったのに、領の誰もがそれがレイベ草だと、ラスール風邪に効く薬になると知らなかった。この領では知られていない薬草をルビアが見つけてくれた。


 知識を身に着けよう。将来この領を背負う人間として、経済も、農業も、法律ももちろん、学べるものは何でも学ぼう。知識を持つ人を味方につけよう。そしてたくさんの新しいことを領に持ち帰ろう。

 ダレンはこれから待っている学校生活に希望を超えた強い決意を抱いた。


 四年後、ルビアはまだあの家にいるだろうか。いてくれるならルビアに薬草の育て方を学びたい。領にこの草を広めたい。知識を持つ人は誰もが先生だ。


 ダレンは王都に着くと、無事に着いたことを伝える手紙を叔父と執事、そしてルビアに宛てて書いた。


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