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赤い花、青い花  作者: 河辺 螢
第三章 北邱の領
20/53

3-5

 この冬に使う薪の準備を済ませ、朝晩暖炉に火を入れるようになると、ルビアは別館から本館の使用人の使う屋根裏部屋に移り住んだ。火を扱う手間を減らし、少しでも燃料にかかるお金を浮かせるためだ。

 本来の契約からは外れた行為で、部屋は別館に用意された部屋の四分の一もなく、最低限の家具しかない。初めはクリフォードやアンナは猛反対したが、知らない間に部屋を準備してさっさと移動したルビアに負け、せめて絨毯を重ね、マットと布団を上等な品に変えておいた。



 ここは谷の村や農園よりかなり北にあるようで、冬の冷え込みは厳しかった。冬の長い夜は部屋にいることが多く、良家の奥方のたしなみとしてアンナから刺繍を学んだが、あまり楽しいとは思えなかった。それよりも屋敷の図書室にある植物図鑑や薬草事典を借り、自分が経験的に知っている薬草のことを学び直す方が楽しかった。


 図鑑や事典には知らない言葉が多く、辞書の使い方を教わった。図鑑を真似て絵を描いてみたりもしたが、絵の才能はあまりないようだ。字もおぼつかなく、本に直接書き込むのはためらわれたので、もらった紙片に真似た絵と植物の名を書き、事典に載ってない特徴や薬効を追記し、薬草事典に挟んだ。

 事典には裏の丘で見かけた植物がいくつか載っていて、この周辺には自分の知らないものを含め薬効のある草がそこそこ自生していることがわかった。うまく育てれば裏庭は薬草で満たせるかもしれない。

 春になるのが待ち遠しかった。



 年末休暇に帰ったメイドのオードリーが年が明けてもなかなか戻って来なかった。

 どうも街では風邪が流行っているようで、数日後、家族の風邪がうつったので治るまでしばらく戻れないと手紙が来た。

 ラスール風邪ではなかったようだが、のどが痛み、いつまでも咳が止まらないしつこい風邪で、この風邪にもレイベ草から作った薬がよく効いた。



 三年前にラスール風邪が流行って以後、この街では特効薬を備蓄用として南部の薬商人から買い付けていた。帳簿をちらりと見る機会があったが、ラスール風邪が流行した頃よりは良心的になったとはいえ、依然相場よりずいぶん高い値段がつけられている。輸送のコストも考えるとルビアの知る値段より高いのもやむを得ないかもしれないが、足元を見られているのは間違いない。何せこんな無茶な結婚話を押し付けられるほどに向こうの方が優位に立っているのだから。


 もしこの地で青レイベ草を育てられたら。

 この地域の気候を知らないルビアには確信は持てなかったが、希望はある。




 この冬の間に夫となった人の背中を見る機会があった。

 予定外に屋敷に戻って来たルパートは早足で書斎に入り、仕事を終えると珍しくダレンの部屋を訪れ、慌ただしく帰って行った。

 客間の掃除を終えて部屋から出てきたルビアは廊下を歩く見知らぬ人に慌てて深々と礼をした。メイドに声をかけるような人ではなく、顔を上げた時は玄関に向かって角を曲がったところだった。早足でそこそこ背が高い人。印象はそれくらいだった。後から主人が帰っていたと聞き、あの人がそうかと思いはしたが、そこに家族という意識はなく、ただの通りすがりでしかなかった。


 ダレンから、次の秋に王都の学校に行くことが決まったと聞いた。どうやらそれを伝えるために戻って来たらしい。

 学校に行く四年間はこの屋敷を離れ、寄宿舎に入ることになる。笑顔で話すダレンは同じ年代の子供達と共に学べることを楽しみにしているようだ。


 ルビアが学校に行けた期間は短く、村の教会の小さな学校だったが学校に行くのは楽しみだった。

 この街にも学校はあるが、あえて学校に通わせず家庭教師から学ぶのは高貴な家にはよくあることだ。学校に通っていたならダレンの寂しさは幾分か解消できていたのではないかと思えてならなかった。もちろん楽しいだけではなく、やっかみやけんかだってあるだろうが、そういったことが大人へ成長する過程には必要なのだ。


 ルビアはケンカになるようなことを避けていたが、そのせいで仲直りをしたこともなかった。トラブルの果ては、いつも逃げるだけ。

 ダレンにはそんな大人にはなってほしくなかった。


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