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ダレンはこの家の嫡子で、毎日入れ替わりで家庭教師がついていた。
座学も剣術もまじめに勉強する素直ないい子だ。クリフォードになつき、祖父のように慕っているのは寂しさもあるだろう。同年代の子供と接する機会はなく、両親を亡くし、血縁である叔父さえも月に一度しか家に戻らない。戻ったところで書類の処理や事務的な確認に追われ、一泊もせずに帰ってしまう。
一人でいる寂しさ、不安はルビアには人一倍わかっていた。幼い時の記憶だからこそルビアの中に今なお深く染みついている。ただ待つだけの長い時間。戻って来ると信じるしかない不安。ようやく戻って来ても自分を見てくれることはなく、声をかけても面倒がられた。機嫌のよい母のそばには自分は不要だった。食事と自分だけが部屋に残され、一人で食べる食事は味気なかった。
ダレンは食が細く、良く食事を残していた。
坊ちゃまと使用人が一緒に食事を取ることはできないながらも、一人で食事をしていると思わせないようにしたかった。ルビアがダレンの給仕を担当する時は、シェフから聞いた今日のメニューのすごいところを大げさに語り、味のうんちくを無理矢理語らせ、食べたいもののリクエストを受けた。今日あった出来事をさりげなく聞いて、いいことは褒め、失敗の話は励まし、一皿でも残さないようになれば褒めまくった。
クリフォードは契約違反だとわかっていながらも、メイドの一人としてルビアがダレンと接することを黙認した。
それまでは遠慮がちだった使用人達がルビアに倣ってできる範囲で声かけを繰り返すうちに、ダレンの食欲は増していき、成長期の子供に見合った量を完食するようになっていった。
そのうちダレンは自分が話すだけでなく、人の話を聞きたがるようになった。たわいもない話が多く、嫌いな食べ物は何かとか、どうやったら食べられるようになったかとか、そんな話から少しづつ広がっていった。
ルビアが遠くから来たことを知ると、違う土地での暮らしについて聞かれた。ルビア自身ここでの暮らしにまだ慣れてはおらず、大きな違いはわからなかったが、家で野菜や薬草を育てていたことを話すと興味を持った。
モグラ除けに根に毒のある花を周囲に植えておく話や、日に当てすぎるとおなかが痛くなる野菜の話などを物珍しく聞いている姿に、土を触るような仕事とは縁遠く生きているのだろうと思った。しかし、ダレンには土仕事に差別意識はなく、
「機会があったら、育てている所を見てみたいな」
そう言うと、苦手なニンジンをじっと睨みつけてからフォークに突き刺し、口に運んだ。
誰かがダレンにルビアが別館の裏庭の世話をしていることを話したようだ。
一度ダレンにせがまれて一緒に見に行ったが、今はまだ丘からとってきた薬草と思われる草を植えてみただけで、花もなく殺風景で、庭というより畑のようだった。
「春には薬草を増やしたいと思ってるんです」
「庭でも薬草が育つの? 薬草のことを書いた本が何冊かあったはずだ。僕も勉強するよ。…ルビアは字は読める?」
「ある程度は…」
「それじゃあ、図書室を使ってもいいように、クリフォードに言っておくよ」
この家の蔵書をメイドであるルビアにも使わせてくれるようだ。
奥方であれば当然の権利だろうが、メイドとなるとそうはいかない。図書は高価なものだ。
「ありがとうございます」
ルビアが礼を言って頭を下げると、そのよそよそしい態度に少し不満を見せながらも、誰かに何かをしてあげられることに喜びを感じだようだ。
もう少し大きくなれば、上流階級の人同士での交流が始まるだろう。そうした人たちの価値観を覚え、偏見を知り、同調するようになるかもしれない。それでも今興味を持ったことには応えてあげたいし、できるならこれからも立場を超えていろんな人と話ができる人になってほしいとルビアは願った。
農園で教えてもらったお菓子の作り方をシェフに伝えると、さすがプロだけあって更においしくアレンジしてくれた。ルビアの知らない食材を巧みに使い、農園で味見したものよりおいしいものも一つや二つではなかった。
おやつや食後のデザートのレパートリーが増えると、ダレンはそれを楽しみにするようになった。食後の感想も食事以上に一人前で、ダレンの意見は新作の開発に大いに役立った。おやつはダレンだけでなく使用人にも振る舞われ、贅沢な味に舌鼓を打った。




