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赤い花、青い花  作者: 河辺 螢
第三章 北邱の領
18/53

3-3

 夫となったルパート・バスティアン氏は月に一度は屋敷に帰っているようだ。馬車の音と本館のにぎやかさで察し、メイドに聞くと教えてくれたが、事前の連絡はなく、ルビアが呼ばれることも、ここに訪ねてくることもなかった。お互い顔も知らないまま、その方が気楽ではある。



 そこそこ時間を持て余していたルビアは、一ヶ月たったある日、クリフォードに自分を雇わないかと持ちかけた。

「週三日ほどでいいんですけど、メイドとして働きたいんです」

「は、…お、奥様が、メイド、ですか?」

「この家、人手足りてませんよね?」

 主人から仮の奥方は衣食住を満たし、多少の贅沢を許して基本ほったらかしにして良いと言われつつも、それなりに客人として扱ってきたつもりだった。しかし平民出身の新しい奥方はルパートが想定していた押しかけ贅沢妻ではなかった。

 いつまでたってもクリフォードをクリフォードさんと言い、多すぎる食事は減らすように言われ、装飾品を欲しがることもなく、服を自由に仕立てていいと言っても平民の普段着三着と下着程度で満足した。メイド長のアンナが気を効かせて冬用のコートやストール、セーターを追加で頼んだくらいだ。

 忙しい時には自分で食事を取りに来て、時には運ぶのが面倒だと使用人と一緒に裏方で食事を済ませ、皿まで洗うような人だ。


 ルビアの言った通り人手は足りていないが、それも仕方のないことだった。

 三年前にこの辺り一帯でラスール風邪が大流行し、ルパートは自分の私財で評判の治療薬を買い付け、街中の医者に配った。薬はよく効き、被害を食い止めることはできたが、代わりに借金が残った。

 品薄な時期だったとはいえかなりぼったくられていたが、薬が手に入り人々が難を逃れられたのだからと、減額交渉もしなかった。それどころか備蓄のためだと今なお定期的に薬を発注している。

 備蓄分は領の支払いになり、個人の借金とは切り離されたおかげで何とか借金完済の目途はついているが、まだまだ経費を押さえる必要があった。本来なら妻を娶れるような状況ではないのだが、訳ありの女を引き取らなければ備蓄用の薬の供給を止めると言われ、断ることができなかったという。


 理由を聞くと、面倒な相手と三角関係で揉めてしまった自分にも多少は責任があるような気がしないでもなかった。

「坊ちゃまには極力接触しないようにしますけど、会ってしまってもメイドとして接すれば大丈夫ではないでしょうか。ご飯もこれから毎日みんなと一緒に出してもらえれば、わざわざ別館までメイドに運ばせる手間が省けますし。旦那様が帰って来る時は事前に連絡ありますよね?」

「ええ、まあ」

「その時は大人しく隠れてますから」


 もうすでにルビアの人となりがわかっていたクリフォードは諦め半分ながら、戦力としての期待も込めて

「…そうですね。今でもいろいろお手伝いいただいているようですし、この際、きちんと雇用したほうがいいような気がしてきました」

と返事した。

 思ったほど粘らなくてもOKがもらえ、ルビアの心はすっかり家主の妻からメイドにジョブチェンジしていた。

「お給金は積み立てて、この家を出る時に一括でいただけますか?」

「月払いでなくていいので?」

「必要な時には前借りするかもしれませんけど。もちろん利子はいりません」


 クリフォードはこの雇用にちゃんと契約書を作り、ルビアに渡した。ルビアを安心させるための配慮だろう。



 ルビアを雇った効果としては、何より奥方の世話役が不要になったことが大きいが、掃除でも洗濯でも皿洗いでも料理の下ごしらえでも頼めば何でも引き受け、てきぱきこなし、想定していた以上に戦力になった。

 自室も自分で掃除すると言い、

「自分の部屋を掃除してお金になるなんて、ちょっとずるいですけど」

と浮かれていたが、

「構いませんが、汚くしていたらお給金から減額しますからね」

「えぇっ」

 そう言われては、自分の部屋の掃除も手が抜けない。仕事ぶりは至って真面目だ。


 メイド長のアンナや他のメイドたちも一緒に働くうちに同僚として接するようになり、この屋敷でお世話をすべきお方はダレン坊ちゃまだけという認識で一致した。


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