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赤い花、青い花  作者: 河辺 螢
第三章 北邱の領
17/53

3-2

 翌日、ついた場所はやはりお屋敷だった。

 少々古めかしいながらも街の中で一番大きな建物で、事前に聞いていたとおり北側に小さな別館があり、本館とは完全に独立している。


 本館の玄関で執事風の老年の男とメイドと思われる二人の女性が出迎えた。メイド達は奥方になる人が来ると聞かされてはいたが、書類上とはいえ見るからに平民で普通な女の登場に驚きを隠せなかった。

 預かっていた封筒を渡すと、男は封筒の差出人を見て小さく頷いた。

「遠いところよくお越しになりました。私は当家の執事、クリフォードと申します。どうぞこちらへ」

 荷物がトランク一つだったのにも驚いていた。トランクは先にどこかに持って行かれ、ルビアは身一つで応接室に案内された。


 そこにルパート・バスティアン氏はいなかった。

 クリフォードが対面に座り、昨日サインした書類を机の上に広げると、面接のように契約書の内容を丁寧に確認していった。まさに家主の妻という職業を斡旋された形だ。


「以上で説明は終わりますが、何か質問は」

「あの、…バスティアン氏から本館の人と接触しないようにと指示がありましたが、それはクリフォードさん達も含めて、でしょうか」

 ルビアの質問に、クリフォード氏は小さく溜息をつき、眉間を押さえて少し考え事をした。

「私のことはクリフォードとお呼びください。私共は使用人ですので、数に入れていただく必要はありません。本館にお住まいなのはダレン様だけですので、ダレン様との接触を避けていただければよろしいかと」

「ちなみに、ダレン様はどのような方でしょう。…年齢とか、背丈とか、もう少し情報をいただけましたら、危うく接触しそうになったら回避しますので」

 ルビアの真剣な表情と「回避」という言葉にクリフォードはくっと笑い声を上げそうになったが、すぐにすまし顔に戻った。

「ダレン様はルパート様の甥にあたり、現在十二歳です。年の若い男性はダレン様以外おりませんので、すぐにわかるかと」

 年を聞いて、どうして接触するなと言われたか察した。どこの誰とも知らない女が家に入ることになり、まだ幼い少年に万が一にも手を出さないようにという配慮だろう。まあ妥当な判断だ。


「ルパート・バスティアン氏は何歳ですか?」

「二十九歳です」

 結婚した後で相手の年を知るのも珍しいだろう。間もなく十八歳になろうとするルビアにとってルパート氏よりもダレン様の方が年が近く、仲良くなれそうな気がするのだが、接触禁止なら仕方ない。

 クリフォードはルビアの年を知っているのかそれとも興味がないのか、ルビアの年齢を聞くことはなかった。


「基本、旦那様はこの屋敷には月に一度しかいらっしゃいません。別に住まいをお持ちで、そちらで暮らしています」

「そうですか」

 貴族の家では街に家を買って愛人を住まわせることがあると噂に聞いたことがあった。

 元々別館に暮らすように言われているのだから、好きな人がいるなら堂々と本宅で一緒に暮らせばいいのに、とルビアは思った。愛し合う二人を邪魔をする気はないし、目の前で無用にいちゃつかれればむっとするかもしれないが、会ったこともない人に嫉妬するわけがない。

 …などと邪推してみたところで、ルビアに気を使って他で住んでいるのではないことは間違いない。


「では、私は別館に行きます。これから二年間、よろしくお願いします」

 立ち上がって深く礼をしたルビアに、クリフォードも立ち上がって礼をした。名のある家の執事の礼はルビアとは違い洗練されていた。



 ルビアの住むことになった別館は二階建てで、四、五人の家族が住むのに丁度いいくらいの広さだ。一階の一室が自分の部屋になったが、充分過ぎるほどに広い。キッチン、風呂、トイレも完備でメイド用の部屋もあったが、屋敷の使用人がさほど多くないようだったので、別館常駐のメイドは断り、代わりに用事がある時は先ぶれなく本館の使用人の控室に立ち入る許可をもらった。


 別館の裏には庭があったが、長年放置されているようだった。庭を好きにしていいか聞くと簡単に許可が下りた。道具の場所を教えてもらうと人の住めそうな小屋があり、それなりに道具が揃っていた。かつてはこの庭を管理する人がいたのだろう。


 庭から続く丘を探索すると、所々に薬になる草が自生していた。その中にレイベ草もあった。こんな遠く離れた場所でも見ることになろうとは。因縁の草とはここでも縁が切れないらしい。ルビアはレイベ草も含め、何種類かの薬草を持ち帰った。



 食事は一日三回別館まで運ばれ、毎日掃除に来てくれたが、いつも忙しそうで気が引けた。掃除道具の置き場所を見つけてからは先に自分で掃除しておくと、メイドは短時間で掃除を切り上げ、すぐにいなくなった。


 日中は庭の世話をしているが、ある程度整ったら毎日手を入れるほどのことはない。

 雨の日には部屋で一人で過ごしていたが、そんな時は幼い頃を思い出して息がつまりそうだった。


 外に出てはだめ。騒いではだめ。泣いてはだめ。


 いらだつ母の声が耳に残っているのに、記憶の中の母の姿はおぼろげだった。誰もいない狭い部屋。ここはあの時の部屋とは違い、広くて開放的で鍵だって掛かっていないのに、閉じ込められているようで落ち着かなかった。


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