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赤い花、青い花  作者: 河辺 螢
第二章 キンバリー農園
15/53

2-6

 二つの畑の差は圧倒的だった。誰も文句を言うことはないだろう。

 薬草作りに長じていると思われていたルビアの畑がつまらなく見えるほど、マーリアの畑は完璧だった。

 マーリアの世話する区画に咲いたのは青レイベ草だけ。普段見かけるより太くて丈夫なレイベ草に青い花だけがいくつも咲き誇っていた。

 ルビアの畑には赤レイベ草がちらほらと混じり、いつも見ている農園の畑と変わらなかった。


「完璧だよ、マーリア。君の才能は本物だ。これまで何度もレイベ草の畑を見てきたけれど、全てが青レイベ草になるなんて、初めてだ」

「本当です。見事です」

「これでこの農園も安泰だな」

 誰もが口々にマーリアを褒めた。


 自分の畑が褒められ、初めは喜んでいたマーリアだったが、周りの人々の過大な評価がだんだん恐ろしくなっていった。

 何もしていない。もらったレイベ草の種を植えただけ。ただそれだけなのに。

 レイベ草を植えれば青と赤の花が混ざる。それが普通だ。できるだけ青いレイベ草が多い地域、祖母の出身地でもある谷の村から種を仕入れて植えたが、これほどまでに青い花だけが咲くなど…。


 誰にも見向きもされないルビアの畑。

 ルビアには赤い花を園芸用に育てているところから種を仕入れ、この農園のレイベ草の種に混ぜたものを渡していた。それなのに薬草畑のレイベ草とほぼ変わらず、畑の七割は青い花だった。レイベ草の畑としては合格点の成果だ。おかげで細工した種を渡したことが明るみに出なかった。平等な戦いでより優秀な成果を出したと、周りはそう思っただろう。


「君に出会えて良かった」

 何かの用事を済ませて戻って来たジェラルドは満面の笑みを浮かべ、マーリアの頬にキスをした。

 これでジェラルドは私のもの。婚約は決まった。あの女もいなくなった。勝ったのは私。私こそ幸せになれる。

 そう思うのに、マーリアの胸の中には達成感以上に不安が次々と押し寄せてくる。


 どうやって青い花を集めたの?

 青レイベ草100%の薬が作れる。夢のようだ。

 これからはより優れた薬草を出荷できる。

 神の業としか思えない。これは大いに自慢できるぞ。


 わからない。それはたまたま、そんな種が手に入っただけで…。

 これからもあの谷の村から種を仕入れればいいこと。何も不安に思う事なんてない。大丈夫、私は勝ったのだから。

 マーリアは不安でざわめく心を必死に押し隠した。



 マーリアの育てたレイベ草は薬草としては引き取り手がなかった。大きく育ち、茎や葉脈の太すぎるレイベ草は薬にするには向かないと予想され、他の薬師だけでなくマーリアの父さえも農園でいつも通り育てられたレイベ草を、娘のライバルだったルビアが育てたレイベ草を優先して買い取った。

 とはいえ我が子が育てたレイベ草を買い取らない訳にはいかず、売れ残った葉は全て引き取ることになった。

 これくらいの損失は必要経費、何と言うことはないだろう。いい薬草を育てるこの農園との結びつきが強くなったのだから。


 農園の薬草は葉は柔らかで肉厚、生であれば少し強くつまんだだけで濃い緑の汁が指についた。乾燥させたものも質が良く、薬効も谷の村とも引けを取らないいいレイベ草だ。


 マーリアが育てたレイベ草は生の葉をむしってすりおろしても筋ばかりで搾り取れる汁はごくわずかだった。乾燥したものは硬い葉脈に葉が痛み、運搬中に砕けて薬に使える部分はほとんど粉になっていた。そのわずかな葉さえも青レイベ草だけでありながら思ったような効果がなかった。たくさんのつぼみをつけたせいで栄養を取られてしまったのかもしれない。


 できの悪いレイベ草で作った薬は遠くの地に売りに出した。その年ラスール風邪が流行っていたならノートン製薬は信用を無くしていただろうが、気付かれることはなかった。

 数人の助かるはずの命が消えていながら…



 年が明けて、ジェラルドとマーリアは結婚した。


 畑の一区画全てが青いレイベ草だったあの日の奇蹟は二度と訪れなかった。

 マーリアの育てたレイベ草からとった種は、薬草畑で同じように育てても思ったような柔らかな葉には育たなかった。その後、谷の村から仕入れた種を使ったがやはりある程度赤レイベ草が混ざっていて、種の収穫前に赤い花を丁寧に選別しても徐々に赤レイベ草が増えていった。


 もう一度ルビアを呼ぼう。

 ジェラルドは妻に反対されながらも農園のためだとルビアを呼び戻そうとしたが、ルビアは遠く離れた地で結婚したと聞かされ、呼び戻すことはできなかった。


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