99、孤児院にて
「今日はよろしくお願いしますね」
白いベール越しに声を掛けてきたエルラに、はっとテルムは臣下の礼を取った。
「あの…レイスは?」
あれ以来、姿をみせないので聞いてみる。
「些少ですけど食料を寄付したいと思いましたので、一足先に彼に孤児院に持っていってもらいました」
「…そうですか」
小さく頷くテルムを伴い、エルラを乗せた馬車は町外れへと向かってゆく。
「我々、護衛騎士団は孤児院の周囲の警戒に当たります。エルラさまは安心して慰問をなさって下さい」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
胸に手を当て騎士の礼を取る団長に見送られ、エルラはテルムを伴って孤児院へと入ってゆく。
建物は古びた石造りだが庭は広く、そこで多くの子供たちが石蹴りや縄飛びをして遊んでいるのが見えた。
「ようこそ、歌巫女様」
入口で院長らしき女性に迎えられた。
「食料をありがとうございます。有志の方達から融通してもらっておりますが援助していただけて助かりました」
「いえ、お役に立ちましたのなら良かったです」
院長の話だと公的援助は国からの要請が無いと出来ないが、民間の有志が商業ギルドを通して救援物資を送るのは大丈夫なのだそうだ。
何事にも抜け道はあるということだろう。
この後、少しばかり院長と話をしてからエルラは此処に来た目的を果たすべく子供たちの前で歌い始めた。
澄んだ声と御付きの侍女が演奏するリュートの優しい調べが庭に広がってゆく。
「やあ、テルム」
そこへひょっこりとレイスが姿を見せた。
「お前っ」
「そんな怖い顔しちゃダメだよ。子供達が怯えちゃうよ」
「…っ」
「それで僕が言ったこと。考えてくれた?」
小首を傾げての問いに最初は何を言っているのか判らなかったが、続いた言葉に思わず顔が強張る。
「自分がした事とされた事についてだよ。あれだけ考えるヒントをあげたんだから答えは出たよね」
「…何のことだ」
此方を睨むテルムに、残念とレイスは肩を竦めた。
「結構、簡単だと思うんだけどなぁ。ヨハン君だってちゃんと自分で答えが出せたんだから」
「…誰の事だ?」
聞きなれない名にテルムの眉が寄る。
「ヨハン君は治癒師見習いでね。でも治癒師より冒険者になりたかったのに周囲が訳も聞いてくれず頭ごなしに反対されて、それですっかり拗ねちゃって。ただの回復薬を万能薬だって高額で売りつける詐欺事件を起こしたんだ。そうすれば治癒院から追い出されて晴れて冒険者に成れると思ったんだって」
レイスの話にテルムは呆れ顔を浮かべた。
「馬鹿か。そんなことをした犯罪者を冒険者ギルドが登録させる訳がない」
「うん、だけどそんなことも分からないくらいヨハン君は何も知らなかった。知らされなかったが正解かな。周囲が幼い頃から治癒師になる為の勉強しかさせなくて、それ以外のことは小さな子供より知らなかったんだ」
「だったら悪いのはその周りにいた奴らだろう。自分達の都合の良いことしか教えずにいたんだからな」
我が事のように憤るテルムに、そうだねとレイスも頷く。
「だから事件を境に自分達が『良かれと思って修行以外は何もやらせずにいたけど、それが逆にヨハンから学ぶことを奪っていた』って気付いて、ヨハン君にちゃんと生きてゆく為に必要なことを教えるようにしたんだって。当のヨハン君もある人に『誰だって間違いは犯します。大切なのはそのことに気付いた後にどうするかです。間違うことも勉強です』って言ってもらえて、それで凄く反省したんだ。だから周りの人の所為にしないで、悪いのは自分だって認めて事件で迷惑を掛けた人達に謝って廻って、償ってゆくことを決めたんだ。一生、卑怯者で終わりたくないから頑張るって言ってたそうだよ」
そう言うとレイスはテルムに向き直り、庭で遊んでいる女の子を指差した。
「あの子のたった一人の肉親だったお姉さんはね。見知らぬ男から『戦場にいる兵士を慰めるために歌を歌ってくれないか』って依頼を受けたんだって。戦場に行くのは危険だけど、報酬が凄く良かったから幼い妹のことを考えて承諾したんだ。でも行った先の戦場でお姉さんの歌に誘われるようにドラゴンがやって来て、その炎に焼かれて骨さえ戻ってこなかったんだって。酷い話だよね。そのお姉さんもあの子も何も悪いことはしてないのに。ただ毎日を必死で生きていただけなのに。
その依頼をした人は、どんなつもりであの子から大好きなお姉さんを奪ったんだろうね。自分の望みさえ叶えられれば他はどうでも良かったのかな?」
レイスの話にテルムの顔が辛そうに歪む。
「あの子だけじゃないよ。此処に居る子のほとんどがドラゴンの炎で死んだ兵士の遺児なんだ。残された母親だけじゃ養ってゆけないから…この国は貧しいから女の人を雇ってくれる場所は少ないしね。だから母親も泣く泣く此処に預けてゆくしかなかったんだって。中には母親の為に自分から此処に来た子もいるって。彼らから親を奪い、幸せを奪った人は何を思ってそんなことをしたんだろうね。大切な人と二度と会えなくなる辛さがどんなものか…知らない訳じゃないはずなのにね」
「……………」
レイスの話にテルムは無言のままだ。
何故ならその唇は血が出そうなほど強く噛み締められていたから。
「君はヨハン君みたいにあの子達に謝らないの?…カナメ」
「お前っ」
レイスが口にした名に、素早く腰の剣を抜くが…。
「遅い。勇者とはこの程度のものなのか?」
それより早く、がっかりした声と共に首横に剣先が添えられる。
下手な動きをすれば、その剣は容赦なく首を落とすだろう。
「大人しくしていた方がいいと思うよ、ウェルさんはSクラス冒険者だから。話の前にまずその姿を元に戻そうか」
言いながらパチンと指を鳴らすと、たちまち金の髪と蒼碧の瞳が黒へと変わる。
「なっ、俺の闇魔法を打ち消したっ?」
驚く横から複数の声が飛ぶ。
「サミーは天才ですからね。勇者とは言え人族の変化の魔法くらい解くのは超簡単ですよー」
「この子が噂の勇者君なの?本当にまだお子様なのねぇ…楽しくなさそうだわ」
「つまらん、もう少し戦えると思っておったのに。これでは試しに手合わせした魔将軍たちの方が強かったぞ」
「それはそうだよ。勇者の主な攻撃方法は剣技に魔法を纏わせたものだから、時止めの呪で魔法がほとんど使えない状態だとCクラス冒険者程度の強さしかないし、ウェル相手じゃ手も足も出ないと思うよ」
「はー、鬱陶しかった」
旅の間ずっと被っていたベールとストロベリーブロンドの鬘を外します。
「お前っ!」
怒りも露わにこっちを指差す腐れ勇者に最上級の笑顔を向けて口を開きます。
「こうして実体で会うのは初めてですね。こんにちは、薬師のトワリアです。ちなみにあなたに剣を突き付けてるのは私の親友でエルフの剣士のウェル」
「よしなに頼む」
挨拶の前に剣を下ろした方が良いと思いますよ、ウェル。
でもまあ上手いこと釣られてくれて助かりました。
120年前の旗振り役は神国でしたが、強力にその後押しをしていたのは当時のサクルラ国とヨウガル国でした。
(この頃はまだ国内にダンジョンが発見されていなくてサクルラ国も貧乏だったんです)
その2国にドラゴンを使って復讐を果たした腐れ勇者の次のターゲットは神国でしょう。
ですが神国には本家の歌巫女たちが居ますから、歌でドラゴンを呼ぶことは出来ません。
魔力増幅薬を使った女の子より巫女としての力は彼女らの方が上ですから。
そうなると神国には直接、腐れ勇者が手を下すしかありません。
ですが体調が回復するのを待って自らが赴くことにするとしても、神殿に入るには厳しい審査があります。
で、合法的に神殿に入る方法…新しい歌巫女の従者というエサをぶら下げてみました。
姿を現わした時点で(私は鑑定持ちですから見ればすぐに判りますので)捕まえても良かったんですが。
勇者が腐った理由を考慮して、少しばかり猶予期間を置いてみました。
自らがしたことを反省して償う気があるかどうかを見極める為に。
「何のつもりだ?」
おおう、メッチャこっちを睨んでますが気にせずメンバー紹介の続きとゆきましょうか。
「そして此方が御付きの侍女役をしてくれていたイブさんです」
「はーい、勇者君」
ニッコリ笑って手を振る様は大変お綺麗です。
「で、こちらがサミュアレイス・フォルネウス。さっきも言いましたが闇魔法に関しては世界でもトップクラスの天才です」
「それは言い過ぎだよ、トア。僕のことはサミーでいいよ、よろしくね」
ニッコリ笑って手を振ると、サミーが私の側に寄ってきて小さな声で話し出します。
「えーと、トア」
「サミーもお疲れ様でした」
「ううん、僕はこの【言伝の双晶】でテルム…じゃなくてカナメとの会話をトアに伝えたり、それを聞いたトアの言葉をカナメに言ったりしただけだから」
「それでもですよ。いくら相手が腐れ勇者でも人を騙す真似をさせてしまってすみませんでした」
「謝らないでよ。僕がやりたいって言ったんだから」
その言葉通り、最初はサミーに闇魔法で姿を変えてもらった私がやる予定だったんですが。
魔国が関わっていることだからと、どうしてもやりたいとサミーが申し出てレイス役をやってもらうことになりました。
で、私は偽エルラちゃんを演じることに。
「怒るのは分かるけどさ、あんまり叱らないであげてね」
「何故です?彼は魔国に多大な迷惑を掛けたんですよ」
「それはそうだけど…。でも勇者病はカナメが望んでやったことじゃないし。それに少しだけど一緒にいて、そんな悪い人には思えないんだよね。もちろん、ドラゴンを使った復讐は許される事じゃないけど」
おお、意外と高評価ですよ。
しっかりと執政者教育がなされているサミーの人を見る目は確かなので、考察の一つに加えましょうか。
「こいつが勇者かぁ」
そこへ腐れ勇者を奈落の底に突き落とす存在が近寄ってきました。
まじまじとその姿を見下ろす7つの人影。
「それでシャドウムーンの一味は捕まえられました?」
「おう、一人残らず取っ捕まえてアジトがあったそれぞれの国の騎士団に突き出しておいたぜ」
「それはありがとうございます。お世話さまでした」
魔力増幅薬の線から追っていったら腐れ勇者と闇組織シャドウムーンが協力関係にある事が判りました。(レリナさん達、暗部のお手柄ですね)
腐れ勇者が闇魔法で映像を好きな所に飛ばし、そこで見聞きした情報を組織に渡す見返りとして復讐の手助けをしてもらっていたようです。
ロウズ家の御令嬢を唆して増幅薬を渡したのも組織の人間だそうです。
「それでルーナスさんは確保出来ました?」
「ああ、ちゃんと捕まえたぜ」
そのアジトの一つにルーナスさんが隠れていると判ったので、確保のついでに組織を潰してもらった次第です。
「ルーナをどうする気だっ!?」
その名に腐れ勇者が怒りの叫び声を上げます。
「さあ、それはあなたの出方次第です」
ニッコリ笑って悪役そのものなセリフを口にします。
さて、腐れ勇者捕獲作戦から更生作業へとシフトしましょうか。




