92、封印の洞窟の謎
「久しぶりー」
トライアル翌日、侯爵家に滞在中の私達の下へ珍客が訪ねてきました。
「メルっ!?」
「どうして此処に?」
やって来たのはウェルの従妹のメルティエナさんでした。
「さすがはトアちゃんね。魔国でも大活躍だったみたいじゃない」
上機嫌でそう言ったメルさんでしたが。
「あら、メルじゃない」
「って、何でイブが此処にいるのよっ!?」
両人ともヤサカさんの奥さんでしたからね。
お互いに久々の再会だったようです。
「決まっているじゃない。トアちゃんと一緒だと楽しいからよ」
「…相変わらずの快楽主義者なのね」
派手なため息をつくメルさんに預かり物を返します。
「はい、これはお返ししますね」
差し出したのはヤサカさんが遺した手帳です。
「アキトのね、懐かしいわ」
私から手帳を受け取ると愛し気にその表面を撫でるイブさん。
ヤサカさんと過ごした日々を思い返しているのでしょう。
「もしかしてメルが此処に来たのは封印の洞窟を調べる為?」
とか思ったら、とんでもないことをいい出しましたよ。
「確かお宝が眠っているんだったかしら?」
「それはアキトがふざけて言っていたことでしょう。本来は元凶よ」
「ああ、そうだったわね」
「ええと、済みません」
手を挙げて2人の会話に割り込みます。
「それってヤサカさんの手帳に書かれていたこと…ですよね」
私の言に、ニヤっとメルさんが意味深な笑顔を此方に向けます。
「やっぱりトアちゃんはこの文字が読めるのね」
おおう、やはりそこを突っ込んできましたか。
わざわざヤサカさん形見である手帳を私に預けていったので、何かあるとは思ってましたけど。
「どうして私が読めると?」
「トアちゃんて雰囲気がアキトに似ているのよ。それにアキトから聞いた異世界の物のことにも詳しいし」
「あー、それは言えるわね。ずっとアキトが食べたいって言っていたカレーが作れるなんて他にいないもの」
ニッコリ笑顔で2人が私に詰め寄ってきます。
「き、気のせいだっ。トアがアキトと同じ世界から魂だけで此方に来たなど決してないっ」
焦ったウェルがそんなことを口走ります。
いや、それって全部暴露してるから。
「あら、そういうことだったの」
「そんなことってあるのね。…うふ、楽しそう」
しまったとばかりに自らの口を両手で塞ぐウェルの隣で、エルフとドラゴンの2大美女がハンターの眼で私をlock-on。
「だったらアキトが言ってた飛行機や戦車やマシンガンとかもトアちゃんなら作れるのね」
「いえ、私は前世では普通の主婦兼会社員でしたから作れませんよ。手作りにハマってた時があって、料理や日用品や化粧品の作り方なら少しは知ってますけど、それだけです」
「あらそうなの。でもその方がアーステアの為には良かったわね」
「そうよ、武器なんかより美味しい物や綺麗な物の方がいいわ。楽しいし」
ええ、平和が一番です。
「他にもアキトの世界のことをいろいろと聞きたいところだけど、まずは元凶について話すわね」
そういうとメルさんは50㎝四方の紙をテーブルに広げます。
そこに書かれていた物は。
「魔法陣…ですか?」
何やら繊細で入り組んだ模様がみっしりと書き込まれています。
こんな複雑で大掛かりなものは初めて見ました。
ちなみに魔法陣は書式が複雑なほど威力も大きいですが、起動も難しくなります。
目の前にあるクラスだと、それこそ天災並みの力を発揮するでしょう。
しかもこれをメルさんは『元凶』と呼んでます。
つまりこれは…。
「勇者召喚の為の魔法陣ですか?」
「さすがはトアちゃんね。その通りよ」
「当然だ。私の友なのだから」
感心するメルさんの横でウェルが胸を張ります。
「そんな風に私のだアピールしなくても大丈夫よ。取ったりしないから」
「…本当か?」
疑いの目を向けるウェルにメルさんがしれっと言い返します。
「たまに借りてくだけよ」
「貸さんっ、トアは私のだっ」
言うなり私を抱き込むウェル。
嬉しいですが話が進まないのでちょっと離してもらっていいですか。
「これはアリウス神国の大神殿の最下層にある物の写しなの」
「写し?よくそんな物が手に入ったな」
驚くウェルに、ええとメルさんが頷きます。
「神国にいるサラのお手柄よ。頑張って【転写】の魔法で写し取ってくれたの」
サラレノアさんは、ヤサカさんのもう一人のエルフ妻ですね。
「サラが?あなた達、いったい何を企んでるの?」
首を傾げるイブさんに、決まってるじゃないとメルさんが胸を張ります。
「アキトの願いを叶えるのよ」
「ヤサカさんの…つまり召喚の魔法陣の完全破壊ですか?」
「ええ、アキトが壊したのはコピーに過ぎなくて、オリジナルは神殿の地下で未だ健在な訳。これを壊さないことにはアキトの願いが成就されたとは言えないでしょう」
『勇者召喚なんて言葉はカッコイイけど所詮は誘拐だ。これ以上被害者を出さない為にも、こんなものは壊す。徹底的に』
それがこの世界に来たヤサカさんが真から望んだことでした。
「封印の洞窟…アサド洞窟の何処かにこれの原版にあたる魔法陣があるの」
「原版…ですか?」
「ええ、他にもあるわよ」
言いながらメルさんが取り出したのはアーステアの地図です。
4つの大きな大陸が四葉のクローバーのような形に集まっています。
今、私達がいるのが北に位置するノース大陸。
そしてイース、サース、ウエースと続きます。
その4大陸の所々に記された8つの赤い点。
「元々これらは転移の為の魔法陣だったみたいね。古代の人はこれを使って大陸を移動していたらしいの」
「そうね。今から…2千年くらい前だったかしら。転移魔法陣を使って人や物を運んでいたことがあったわ。でも戦争の時、敵国に兵を送り込むために使われるようになってどれも封印されたはずよ」
おお、さすがは生きた歴史書であるドラゴンです。
封印という名が付いたのは、そういった訳があったんですね。
「…まるで見て来たみたいな言い草ね」
「あら、これでも竜人国で歴史科の教師をしてるんだもの。当然よ」
しれっと答えるイブさんに、メルさんが呆れと驚きが混ざった顔を向けます。
「イブが学校の先生!?…長生きはするものね。こんな快楽第一主義者でもちゃんと他人に物が教えられるなんて」
「いやねー、私だってやる時はやるのよ」
メルさんの辛口を笑ってスルーするイブさん。
うん、天然は最強ですね。
ところで今の会話からすると、イブさんはメルさんに正体を教えていないようです。
後で聞いたら自分がドラゴンだと教えたのはヤサカさんだけだとか。
それでも奥さんに加えたヤサカさんって凄い人だと思います。
『ただの女好きなのではないのか』ってウェル、思っても口に出しちゃダメ。
「話を戻すわね。アリウス神国にある召喚陣は、原版に手を加えて空間だけでなく次元さえも捻じ曲げて異界の者を此方に呼び込むように作られたの」
「だとしたら元の世界に帰ることも?」
俗にいう逆召喚ですね。
ですが私の問いにメルさんは力なく首を振ります。
「いえ、この召喚陣はあくまで一方通行よ。砂時計の砂がそのままでは上の器に戻れないように、それこそ世界をひっくり返すような力でも使わない限り元の世界に帰ることは出来ないわ。…だからアキトも諦めたみたい」
ああ、魔法陣の研究はヤサカさんが元の世界に帰る為に始めたんですね。
でも結局、帰る術は無かった。
「それに神国の魔法陣を起動させるには、他の転位魔法陣も連動させて力を集約させないとならないの。その所為で今は他の魔法陣はロックされた状態になって使えないんだけど」
なんですとぉ。
「その連動を断ち切れば、転移の魔法陣は使えるようになりますか?」
「え、ええ。古いものだから一度点検してみないと判らないけど…たぶん」
「よっしゃー!」
天に向け拳を突き上げる私に、メルさん達が思い切りドン引きます。
だって転移で簡単に大陸間を移動出来るんですよ。
つまりど〇でもドアみたいなものです。
これが使えるようになれば輸送コストを大幅に削減できます。
「そんなけった糞の悪い召喚陣なんてすぐに壊しましょう。何より輸送コスト削減の為にっ!」
「おお、トアが燃えているぞ」
「ちょっと感心してないでよ、ウェル。…あのね、トアちゃん。そう簡単にはゆかないわよ。それに使えるようにするにしてもまた軍事利用されたら」
「それは大丈夫です。人を送るから戦争に利用されるんです。だったら物しか送れないようにすればいいだけです。精度を上げるのは大変ですけど、落とすのは簡単ですよね」
私の言に、あっとメルさんが声を上げます。
「確かにそうだわね。この魔法陣は完全なロストテクノロジーだから新たに作るには謎が多すぎるけど、性能を落とすだけなら出来るわね。あそこをこうして…こうすれば…」
ぶつぶつと何やら呟き出したメルさんに、もう一押しとばかりに言葉を継ぎます。
「それに召喚陣を壊せば、アリエス神国にヤサカさんの分も含めて思い切り仕返しも出来ますし」
「…どういうこと?」
お、メルさんも乗ってきましたね。
聞いて来た声がメッチャ冷え切ってます。
さすがは『氷華のメル』の二つ名持ちですねー。
「…なるほどね」
「言われてみれば確かにそうだな」
私の話にメルさんとウェルが感心した様子で頷きます。
「だったらサクっと壊しちゃう?楽しそうだから私も力を貸すわよ」
さらっと怖いことを口にするイブさん。
「いえ、それは最終手段でお願いします」
ドラゴン、それもランキング1位の光龍たるイブさんに暴れられたらアリエス神国は数時間で焼け野原でしょうから。
で、いろいろと相談した結果、メルさんは予定通りにアサド洞窟の探索に行ってもらい。
私達はまず魔国に来た目的を果たすことにしました。
それでは魔王さまに腐れ勇者の話を聞きに行きましょうか。




