111、教皇さまは6歳児
「こちらがアルト・バウロン第63代教皇聖下でございます」
「こんにちは」
ペコリと頭を下げる銀の髪の男の子。
「アルトです。6歳です」
ニコニコ笑いながら自己紹介をしてくれました。
うん、可愛い。
問題有りな枢機卿6名、その息のかかった配下の神官長&神官19名を竜人国の人格矯正道場…もとい神官修練所に送り込んだ翌日、教皇様からの呼び出しを受けました。
「サンザ殿からの手紙を受け取った時は信じられませんでしたが、こんなに早く結果を出して下さるとは嬉しい誤算です」
笑みを湛えて言葉を紡ぐのは教皇様の横に立つエンジュ枢機卿さまです。
知的な眼差しの素敵な御婦人で、教皇様の親代わりをなさっています。
「いや、本当に助かったぜ。マジであの化石ジジイどもウザイんだよ。ロクなことしないくせに権力だけはしっかり握ってるからさ。いなくなって清々したぜ」
そんなことを言っているのがカルロ枢機卿さま。
信者の前では上品な口調の美青年でしたが、どうやらこっちが素のようです。
神国に着いた晩に極秘裏にお二人に会って今回の打ち合わせをしました。
いくら私でも人様の国で好き勝手は出来ませんからね。
それに無能でも急に欠員が出ると業務に支障をきたしますから、どの程度を削除するか聞きましたら、好きにやって良いと簡単にGOサインが出ました。
居ても悪さしかしないし、仕事もしないので消えても何の問題も無いそうです。
オッさん達、どんだけー。
で、お許しが出たので早々に決行しました。
ちなみに夜を徹して今朝方に帰ってきたカナメ君の話によると、オッさんの団体と私の手紙をみたティール神官長さまは。
『トワリア殿からの頼みとあらば、わたくしが全力を以って御期待に添えるよう致しましょう』と、優雅にお笑いになったそうです。
それからすぐにオッさん達を叩き起こして、神官としての心得を説き始めたのですが…。
終始笑みを絶やさず、けれど一言でも口答えしようものならその百倍の小言が炸裂するのだとか。
決して手は出しませんが、鬼よりバイオレンスという二つ名に相応しい口撃は凄まじく、たった数時間でオッさん達は魂が抜けかけてたそうです。
『美人なだけにその怖さは倍増やったで。何しろ同じ部屋におったカナメが恐ろしさに声を殺して泣いとったくらいやからな』
とは一部始終を見ていたサンダー君のお言葉です。
その傍らでは、孤児院で反省の様子が見られなかったら自分も其処へやられるところだったと知ったカナメ君が何やら小さな声で呟いています。
「良かったぁぁ、ちゃんと謝って…良くやった、俺。偉いぞ、俺」
自分の両腕を摩りながら震えてますけど、そんなに怖かったですか?
でもそれならきっとオッさん達も帰ってきた時には立派な神官になっているでしょう。
良いことです。
「それと…これがまだ神国にいる3人の枢機卿さまの調査書です」
「何とっ」
「こいつは…」
内容を見てお二人が絶句します。
差し出したのは暗部の人達がコツコツと集めてくれた収賄などの証拠です。
特使として行った先の国でやらかした事の数々…。
誰からどれくらいの賄賂を受け取ったか。
神の使徒の名の下に強引に取り上げた家宝や商品の目録。
無理やり寝室に連れ込んだ他家の奥さんや娘さんメイドさんへの御乱行。
他にも献金の着服に献上品の横流し、果ては禁制品の密売まで。
これでもかと罪状が明記してあります。
「これを公表すれば失脚は免れません。もみ消そうとしても商業ギルドを通して各国に大々的に広められますから逃げることは出来ませんよ」
この3人に関してはやっていることがあまりに悪質なので、竜人国行きなどという生易しい方法は取りません。
ガッツリ締め上げて罪を償ってもらいます。
神の名を出せば何でも許されると思い込んでいるようですが、それが儚い砂上の楼閣であることを知らしめてやりましょう。
ちなみに歌巫女さん達に夜伽を強制したのもこの3人です。
表向きは巫女たちが自分から進んで『情け』をかけたいと望んだ故の行為ということになっているので、エンジュさま達も口出しが出来なかったそうです。
でもこれで夜伽を命じられることも無くなるでしょう。
「何から何まで悪ぃな」
「いえ、これは私の手柄ではなく暗部の方の努力の賜物ですから」
私がこうして神国で大鉈を振るえるのも、すべて暗部の人達が地道に調査してくれた情報のおかげです。
本当に足を向けて寝られませんよ。
こき使って申し訳なかったので、フィナンシェとマカロンとチョコ菓子を大量に贈らせてもらいましたら却って恐縮されました。
『与えられた任務を完了させただけなので礼を言ってもらう程の事ではない。しかし贈られた菓子は皆が大層喜んだので有難くいただく』と。
それを聞いて思わず宰相様に、もう少し暗部の皆さんへ感謝の言葉を伝えて下さいと進言しましたよ。
やってもらって当たり前と感謝の気持ちを無くすと、夫婦や親子と言えども関係が悪くなりますからね。
日々感謝の心を忘れずに…です。
「本来ならば私達が成さねばならぬことでしたのに」
後悔の言葉を綴るエンジュさまに、カルロさまも渋い顔で頷きます。
ですがそれは仕方の無いことだと思いますよ。
今の教皇様が即位されたのが昨年のこと。
その前の教皇さまは晩年はずっと闘病されていて、部下である枢機卿たちを押さえるだけの力がありませんでした。
その間に増長しまくった連中が神の名の下に行った蛮行はあまりにも酷いものでしたが、権力だけはしっかり持っていたので即位したばかりの6歳児の教皇様ではどうしようもなかったでしょう。
ちなみに教皇様は占星術で選ばれます。
前の教皇様が亡くなると、星の運行によって得られた数字を元に生年月日と場所の座標を割り出して該当した者が次の教皇様になります。
今の教皇様も以前は小さな村に住む普通の子供でした。
それがある日、突然お使いの人が来て教皇様として迎えられるのです。
当人も周囲も大パニックだったそうですが、貴方にしか出来ないことですと言われて神国にやって来たそうです。
昔は成人した者が選ばれることが多かったのですが、120年くらい前から幼い者が選ばれるようになったそうです。
それでだいたい40才前後で病死するのが最近のパターンだとか。
呆れのため息が出るくらい思いっきり作為が見え見えですね。
年端も行かない子供ならば簡単に操れるでしょうし、大人になって無用な知恵と力を持ったら病死として切り捨て次の子供を探す。
やはり此処のラスボスは性根が腐り切ってますね。
「これ、美味しいね」
大人たちの話の内容を知ることなく、私が差し入れたチョコエクレアを嬉しそうに食べる教皇様。
この子を歴代の教皇のようにする訳にはゆきません。
ラスボスは全力で潰しますよ。
これ以上、好き勝手はさせませんからね。
その為には残る1人。
12番目の枢機卿・モーゼスを何とかしないとですね。
枢機卿の中でも最古参の人物で、暗部の人達がいくら調べても悪事はおろかプライベートな事すら何も判りませんでした。
これだけガードが堅いということは、後ろ暗いこと満載なはずです。
しかし神国は何故こんな風になってしまったんでしょうか?。
400年前に建国した時は、神への感謝と人々への慈愛の精神を貴ぶ事を推奨していたはずです。
それが今では人族こそが最も神に愛された種族であると吹聴し、教えに背く者を容赦なく糾弾したり、平然と亡き者にしたりしています。
種族ランキング最下位というコンプレックスを払拭したくてそんなことを言い出したのかもしれませんが。
他の種族を嘲り排斥し、侵略戦争を仕掛けて良い理由にはなりません。
やはり多くの人に傅かれるばかりの生活が続くと自分が凄く偉くなったと錯覚してしまうんですかね。
権力を手に入れる…それは高い所に昇った時と似ているのだとか。
高い所から下を見ると、そこにいる人や車が豆粒のように見えて自分と同じものだという感覚が薄れ、やがて無くなってしまうと。
そうなると下にいる者を簡単に蔑ろにするのだそうです。
何故なら彼らと自分はもう同じではないと認識してしまうからです。
そうやって権力という毒に侵された者は、判で押したように独裁者への道を突き進んでゆきます。
地球でも同じような事がたくさんありましたね。
そういえばマザーなテレサさんの言葉にこんなものがあります。
『人を見下すほどに、
大きくなってはいけません』
本当に偉いのは、どんなに偉くなっても決して思い上がらない人。
どんなに偉くなったとしても、人を見下すことができるほど偉い人などいないのです。
「だが敵はモーゼスだけじゃないぜ」
「ええ、13番目がいますから」
「はい?」
お二人の言葉に思わず首を傾げます。
神国にいる枢機卿は12人と聞きましたが、まだ他にいるんでしょうか。
「此処には影の枢機卿と呼ばれる者がいるのです」
そう言ってエンジュさまは深いため息をつきました。
「彼を何とかしない限り、ガニメデスに近付くことは出来ません」
どうやらラスボスだけでなく中ボスもいるようです。




