after
前話より3年後の話になります。
「さっさと来て報告を始めろー」
俺は新人達の前で叫ぶ。訓練は基本自由で週毎に方針を変える形だ。束縛しすぎても能力は伸びない。尤もだらけたらお仕置きコースが待っている訳だが……。
「フィルム教官、自分の班の報告を始めます」
真面目そうな隊員が来て1つ1つ丁寧に説明を始める。こいつの班は問題無さそうだ。積極性があれば大体どうにでもなる。
「よし、お前らはそのまま突き進め。無茶だけはするなよ。生死判定もちゃんと調べているからな」
「はい!」
真面目そうな隊員は良い返事をして去っていく。ログアウト出来るようになってからもう3年も経つ。俺たちは新たに始まった能力開発が目的のゲームの中に居る。俺とグレッグ、エイミーはその教官役として派遣された。
詳細な行動を指示してトラブルを解消するだけの楽な仕事だ。楽なのは身体能力が高いからかもしれないが。
『フィルム、終了?』
『後30分くらいだな、そしたら家にログインしてくれ』
サーシャから個人チャットが届く。今サーシャはゲームの外でサポートをしている。たまにログインして俺たちは遊んでいたりもした。何だかんだで止められないのだ。
「次、さっさとしろ!!」
俺が叫ぶと慌てて数名が走ってくるのが見えた。軍隊なのにルーズなのは減点だ。そう考えながら走ってくる新人たちを睨みつける様に眺めた。
「フィルム、お疲れ様」
「ただいま、サーシャ」
俺とグレッグ、エイミーは自宅に戻ってくるとサーシャがログインしていた。あの頃の猫耳と尻尾の姿だ。あれから3年、全く変わっていない。もう成長期は終わってしまったようで少し残念だ。
「僕とエイミーは早速地下へ行って来るね」
グレッグが言ってくる。無茶だけはしないで欲しいと思う。無茶するんだろうけどさ。
グレッグがスキップをしそうな勢いで早足で向かっていく。エイミーはその様子を呆れたような、愛おしそうな目で見ながら付いて行く。こいつらはいつまで経っても変わらない。
「新人の子たちはどう?」
「ああ、もう少し鍛えないといけない奴は多いが、素直だから伸びていくと思うぞ」
サーシャの質問に答える。第1弾の1000名ほどだ。既に1ヶ月の訓練期間を終えている。大体半年くらいの訓練を終えて各部隊へ配属されていくらしい。俺たちはその新人教育係というわけだ。
「まぁ、なるようになるさ。駄目なら延長してエイミーに叩き直してもらうから大丈夫だろ」
エイミーはその容姿とは裏腹に鬼教官扱いされている。体罰が半端ないらしい。俺は食らいたくはないものだ。
「そっか。そうだ、フィルム。料理作って」
「了解、何にする?」
俺とサーシャは一緒に食堂へ向かう。この3年間色々な事があった。だが、俺たちの絆は変わっていない。アドンやアシュリーと会う機会が減ったが、それでも定期的に会って子供の様子を見せてもらっている。1つは研究、もう1つは興味として。
子供には能力が受け継がれるようだ。俺たちは別の人類として進化してしまったのだろうか。この先何百年もしたらこの世界はどうなっているのだろう。想像はしたくない。
「温泉?」
「うん、皆で行きたいなって思って」
サーシャと自室で話していた時に突然言ってきた。そういえばゲームの中に居る時に話していた気がする。皆でリアルで行きたいとか。
「俺達は今の訓練生が卒業をするタイミングなら休暇を貰えそうだが……」
「うん、だからアドン達に早めに伝えられないかな?」
余程皆で行きたかったのだろうか。エイミーは温泉好きっぽいし、相談を持ちかければすぐに飛びつきそうだ。グレッグ達に聞いてみよう。
『あひぃ!!はぁはぁ……どうしたの?』
『あ、すみません。間違えました』
変な声が聞こえた。きっと知らない人だろう。エイミーに繋げる事にする。
『こちらフィルム。サーシャが温泉に行きたいって話をしていたんだが、今時間あるか?』
『そうねー1時間後に話し合いましょ』
俺は了解、と返すと個人チャットが切れた。どうやらお楽しみ中らしい。タイミングが悪かったな。
「1時間後に話そうってさ。それまでのんびりしていよう」
「うん」
サーシャはそう言うと俺に寄りかかってきた。俺は目を閉じサーシャの肩に手を回すとゆっくりとした幸せな時間を満喫していく。
「それで温泉だっけ?いつ行くの?」
「いや、具体的な事は決まっていないんだが」
エイミーが体を乗り出して聞いてくる。相変わらずの大きさですね。余り見ると横の子が嫉妬しちゃうので勘弁願いたいです。
「うーん、今すぐは無理だろうね。さすがに新人をほっといて行く訳にはいかないし」
グレッグがそう言ってくる。俺だってそう思う。あいつら、どこか危なっかしいんだよな。
「だから、半年くらいしたらという計画」
半年後にあいつらが卒業して事後処理を終えたら時間が空くと思う。第1期生だから色々と時間はかかるかも知れないが、事前に申請しておけば大丈夫だろう。ちなみに、あの時の担当が俺達の上司だったりする。それなりの立場だったようだ。
「それくらいなら問題なさそうだね。後で申請しよう。サーシャに任せていいかい?」
「うん、頑張る」
サーシャは拳を握り鼻息を荒くして答える。そんなに行きたかったのか、温泉。
「あーアドン達に相談する時、場所はアドン任せにはしないようにな。秘境とか連れて行かれそうだし」
「大丈夫、解かってる」
それは良かった。俺はサーシャの頭を撫でる。そういえばこの子もう20歳なんだよな……成長が見られなくて解かりにくいけどさ。
「それじゃ、決まったら教えてね。優先して空けておくから」
エイミーが良い笑顔で言ってくる。余程好きなんだろうな。グレッグとどっちが好きか聞いてみたい。本人の前で。
そして俺たちは解散し、サーシャの計画は着々と進行していった。まさか、あんな事になるとは知らずに……。
それから半年、色々な問題はあったものの思ったより順調に進み無事全員卒業を果たした。今はリハビリを兼ねて能力を伸ばす訓練をしているだろう。既に結果はいくつか挙がっている。
俺たちは最初の大仕事を無事に終えてリアルの方の自分の部屋で寛いでいた。
「フィルム、今まで黙っていた事があるの……」
サーシャが真剣な顔で言ってくる。これは……まさか!浮気か?妊娠か?お茶を持つ手が震える。俺はこぼさないようにゆっくりとテーブルに置く。
「ど、どうしたんだ?そんなに改まって」
声が震えるのを虚勢でどうにか抑える。抑えきれていないかもしれないが、そこは気にしない。
「実は……温泉の候補地がアドン任せになってしまったの……」
何だそんな事か……って、え?
「え?大丈夫なのか?」
大きな問題でなくて良かった。確かに良かったのだが、不安しかない。
「それなら良い所がある、と譲らなくて……もっと早く相談すればよかった……」
「おおおい。大丈夫だ。問題ない。いや、問題はあるけどさ」
自分で何を言っているのか良く解からない。だけど、泣かれるのだけは勘弁して欲しい。俺はサーシャを抱きしめて慰める。相変わらずメンタルの弱い子だ。MND高いはずなのにな。
「まぁ、いくらアドンでもそこまで酷い所には案内しないだろ」
「うん」
そう言って俺はサーシャをベッドまで運ぶ。そこで別の意味で慰めた。
「そう思っていた時代がありました」
「お前は何をいっているんだ?」
アドンが聞いてくる。ああ、どうして俺たちはこんな所にいるんだろうな。
周囲には森、足元には断崖絶壁。ここは本当に日本なのだろうか?パスポートを使った記憶はないし、飛行機で2時間程度。そこまで遠くないはずだ。多分。
「燃えてきたわね!人の立ち入らぬ秘境。その奥にひっそりと佇む温泉!」
エイミーが何か言っている。アドンみたいになるなよ……。グレッグは横で呆れていた。お前が抑えないでどうするのか。
アシュリーは子供を背中に背負って悪い道を全く気にせずに歩いていく。アドンと一緒に訓練でもしているのだろうか。俺たちも軍隊の1つみたいなモノだからそれなりに訓練はしているのだが、それより足取りは軽快だ。
「サーシャ大丈夫か?」
「うん」
この中で一番小柄で俺たちほど訓練もしていないサーシャに声をかける。最悪俺が背負って歩いてもいい。
「もう少しだ、頑張れ」
アドンが言ってくる。何度目のもう少しなのか解からないが、とりあえず信じておこう。急な坂を上ると遂にその光景が見えてきた。滝と湯気の出ている暖かそうな川だけがある。周囲を見ても宿泊施設は何もない。かなりここまで歩いたし、当然と言えば当然だが。
「ここなのか?」
「ここだ」
否定して欲しかった。アドンが背負っていたテントはこういう事なのか……。趣味で背負っているだけなのかと思っていた。
「場所は少々悪いが、良い温泉だ。日頃の疲れを癒して欲しい」
見た感じでは全てが天然の温泉だ。川だし。10mくらいの滝から流れ落ちる水もまた湯気が立ち昇っている。あれもお湯なのだろう。そう考えれば悪い気はしない。
「まずは明るい内にテントを張ろう。2つ持ってきたから、フィルム片方を頼む」
アドンが背負っている量が凄いからなんだと思ったら、2つもテントを持っていたらしい。パワフルすぎるだろう。片方を受け取りテントを張る。ゲーム内の手順と一切変わっていなかったので簡単に張れた。
「それじゃ、中で着替えるわね。覗かないでよ?」
そんな恐ろしい事は出来ません。普通の女の子ならまだしもエイミーやアシュリー相手にそんな事をしたら殺されます。物理的に。
アドンはテントで着替えるどころかいきなり全裸になると温泉へ走っていった。今回はアシュリーが止めないからそうなるのか。グレッグと顔を見合わせて俺たちはテントで水着に着替える。さすがにそこまで開放的にはなれない。
「はぁ……良い湯加減だ」
「うん……良い所だね」
俺はサーシャの肩に腕を回し引き寄せて密着しながら入っている。景色も温泉も最高だ。他に誰も居ないのもいい。アドンは滝に打たれているし、アシュリーは子供と一緒にゆったり寛いでいる。グレッグとエイミーはここからじゃ見えない。見たくもない。出来れば生きて帰って欲しい。
サーシャがアシュリーの方をじっと見ていた。子供か……。
「やっぱり子供は欲しいものなのか?」
「え?うん、欲しいとは思うけど、今すぐじゃなくてもいいかな」
俺もそう思っていた。いつかは、と思うことはある。今は研究が安定して来ているが、どうなるかは解からない。あと3年から5年くらいは様子を見たい気がする。
「……指輪はないから後になるけどさ。結婚しようか」
「……うん!」
恥ずかしいから大きな声ではない。でも確かに1つ1つの言葉をはっきりと言う。格好を付ける真似も出来そうにはない。だけど、これが俺の精一杯だ。
サーシャは笑顔になって俺に抱きついてくる。俺はそんなサーシャの唇にそっとキスをした。
「あれ?電話が鳴ってるな」
「ん~?何か緊急事態?」
温泉から出てテントで休んでいると電話がかかってくる。グレッグが湯当たりをしたのか凄くだるそうに聞いてきた。携帯の着信履歴を見ると上司のあの男からだ。何かあったのだろうか。
「もしもし、どうかしたんですか?」
「ああ、やっと繋がった。君たちの監視の人が途中ではぐれてしまったんだ。それで話を聞きたくてね。君たちの事だから心配は要らないと思うけど」
あの山道だ。1人で離れて歩いたら遭難しそうである。その人には本当に申し訳ないことをした気分だ。
「すみません。かなりの複雑な道でしたから……ちゃんと予定通りには帰ります。場所が場所なので、お土産はなさそうですけどね。はぐれた人は遭難とかしてないですか?」
「それは大丈夫。ちゃんと確保したよ。今頃再訓練を受けているんじゃないかな。良い機会だったかもしれないよ。一応毎日報告は入れてね。それじゃまた」
遭難した人、ごめんなさい。そういえば監視が付いていたんだったっけか。最近は研究所から殆ど出なかったからすっかり忘れていた。夜の生活も見られていないだろうな?
「どうだった?」
「定期連絡は欲しいってさ。こっちでしておくからそっちは楽しんでいてくれ」
そう言うとグレッグはありがとーと間延びした声で返してくる。こいつらは何をしていたんだろうか。
「フハハハハハハ、猪を狩って来たぞ!」
そんな声がテントの外から聞こえてくる。武器なんて持っていなかった気がするのだが……本当に何者だよ、アドンは。
俺はそんな仲間達に呆れながらもそれが楽しく思える。これからどうなっていくかは解からない。だが、ここにある絆は確かなものだ。俺はそう信じている。
これでこの物語は終了になります。
今までご愛読ありがとうございました。
フィルムが巨大ロボに乗って「見えた!」とかいう展開はありません。




