34話
「今日は3パーティでラスボス戦の体験をして貰う。負ける事が前提で申し訳無いが、皆頼む」
クラークが皆に頭を下げる。ここに居るのは、俺達のパーティ、攻略組の精鋭、そしてムラクモという剣士だ。かつてアドンと武道大会で戦ってから見なかったが、攻略組の皆とは結構交流があったらしい。
「中央は、グレッグ君率いるパーティで時間を稼いでくれ。俺たちは左右の雑魚を倒す。グレッグ君たちも出来ればボスよりも雑魚への攻撃を頼みたい」
つまる所、俺がターゲットを引き受け、他のメンバーで雑魚を殴る。倒したら中央のボスに対して集中攻撃という算段なのだろう。俺の役目はいつも通りのようだ。
「フィルム君には負担を掛けることになると思うが、頑張って欲しい。それでは行こう」
俺たちは会議室の椅子から立ち上がるとそのボスがいる場所へと向かった。ラスボスとはどんな相手なのだろうか。
SFで出てきそうな神殿を進む。周囲が超文明の遺跡みたいな感じになっている。ストーリーを全く知らないから、なんでこんな神殿があるのかも解からない。今更やる気もないし、考えない方が良いだろう。
「さて、ここの扉を開けたらボスが居る。行動パターンなのだが、知らない方が良いだろう。全ての行動パターンを出せるとは限らないし、フィルム君がどんな風に回避するのかも解からない。だから臨機応変に頼む」
俺は頷く。変に指示を出されるよりもその方が気楽だ。雑魚はそれなりに揃っていても、ボスの情報自体はちゃんと揃ってはいないのだろう。
そして俺たちは扉を開ける。この奥にボスがいるらしい。
「あ、属性バフはいらないよ。ボスは無属性だから」
グレッグがバフをかけようとしていたサーシャに言う。どうやら事前に言われていたらしい。バフを掛け終わると俺たちはゆっくりと歩く。
「上から来るぞ!気をつけろ!!」
アインが叫ぶ。そういう事は先に言え。上を見ると30mほど先の場所にゴーレムらしき無機物が落ちてきた。足は無く寸胴だ。宙に浮いている。片手には大きな剣、もう片方にはクロスボウとどこかで見たことがある風貌だ。
ボスの左右にそれを小型化した様なゴーレムが現れる。アレが先に倒す予定の雑魚なのだろう。
「先に行かせて貰う!」
俺は皆に聞こえるように大声で言うと剣と盾を構えてボスへ突撃する。ここで弱気になるほど柔な戦いは今までしていない。そして挑発を使い、正面のゴーレムと対峙した。
ゴーレムが俺に剣を横に振るってくる。大振りだ。こんな攻撃当たる訳がない、そう思った。だが俺の直感は何か警告を出している。俺は下がって回避するのではなくジャンプでそれを飛び越す。すると剣先が伸びた。下がっていたら切られていたかも知れない。厭らしい。
そこからすぐにクロスボウの矢を放ってくる。矢といっても巨大な為、まるで丸太だ。バリスタの矢を食らっている感じである。あんなのに当たったらひとたまりもない。それをボスの懐に入ることで回避する。近寄られたボスが今度は剣を構え回転しようとする。俺は何となくボスの体を掴み、一緒に回転する。凄く目が回る。
回転が終わったら飛び降り着地する。どうやら回転による混乱などはないようで助かる。しかし、まるでアトラクションだ。剣をジャンプでかわし、敵に近寄ったら掴んで回転。お遊びみたいである。俺は必死だったが。
しばらくそうやってボスと遊んでいると雑魚を倒したのか周囲のメンバーが近寄ってくる。
「回転攻撃には気をつけろ!範囲攻撃だ」
俺はそれだけ言っておく。さすがに知っているとは思うが、言わないよりは言った方が良い。そして俺たちはボスに対して集中攻撃が始まった。俺はターゲットを渡さないように定期的に挑発を行い、回避していく。グレッグは下から切り上げるように攻撃をしている。エイミーは空中に飛んで槍を投げたり接近してスキルをしようしているようだ。
問題はアドンである。遠くから高威力の魔法を連発している。これだけが不安である。主にタゲが外されそうで。ムラクモは回転攻撃も気にせずに回避して確実に何度も切りつけている。ある意味俺の戦いの理想系だ。命中だけでも振っておけばよかった。
そしてターゲットを渡さず、ボスのHPは0になった。倒したはずなのに嫌な予感がする。
「やったか!?」
アインがお決まりの台詞を言う。フラグ立てんな。嫌な予感は強くなる。これはやばい。
「皆離れろ!!嫌な予感がする!!」
俺は皆に叫び絶対回避を発動させる。何かに気が付いた者が数名急いでその場から離れるが……手遅れだった。
突然大きな爆発が発生し周囲を光が包む。光が収まった先にはそこに居た全員が倒れている。どうやら助かったのは俺だけらしい。俺の目の前には二足歩行のゴーレムが居た。どうやら本当の戦いはこれからみたいだ。
せめて行動パターンだけでも読む為に俺は必死に調べる。そして俺もまた倒され戻る事になった。
「ハッ!」
俺は目を覚ますと広場にいた。またサーシャに膝枕をして貰っているようだ。このまま匂いを嗅ぎたい。そう思いサーシャを抱きしめようとした所で周囲の目がこちらを向いている事に気が付いた。
「何があったんだい?」
クラークが代表して聞いてくる。どうやらお預けらしい。
「あのゴーレムを倒した後自爆したな、アレ。んで、その後に本当のボスが姿を現したよ」
「ふむ、爆発はどれくらいの範囲だい?」
事情聴取みたいな質問が続く。攻略組も大変そうだ。持ちうる限りの情報をクラークに伝えると、最後に礼を言われて解散になった。これからの作戦を考えるのだろう。
「フィルム、大活躍だったね」
グレッグが嬉しそうに言ってくる。負けたというのに大活躍というのは変ではないかと思うのだが……。褒めてくれるなら素直に受け取ろう。
「ああ、ラスボスは強いな。あの後1人で戦ったが、ずっと避け切れる気がしない。回復が必須だったよ」
「だからこそ、戦い甲斐がある。次こそは討伐しようではないか!」
アドンが俺の背中を叩く。とても痛い。何でPK保護が働かないのだろう?無意識に許しているのだろうか。
奴には必中攻撃があった。俺の最大の弱点だ。それで8割のHPが持っていかれた。あの後は回復が必須だろう。ポーションだけでは回復しきれない。
「サーシャ、HP回復のポーションで出来るだけ良いのを作ってくれないか?」
「うん、作るよ。食らわないでくれるのが一番嬉しいんだけどね」
そりゃ、俺だって食らわないで済むなら痛みなんて感じたくはない。だが、どうしようもないのであれば、回復する準備をするしかない。
俺はサーシャの頭を撫でて笑いかける。約束は出来ない。そして俺たちは自宅へと戻って行った。
翌日、俺たちは攻略組の本部へ呼び出された。最後の戦いの方針が決まったらしい。とは言え、前回の爆発を逃れる事が出来れば道は見つかるだろう。その部分さえ気を付ければ良い。
「明日、最後の戦いをしようと思う。皆はそれでいいかな?」
クラークが戦い方を説明し、最後にそう締める。俺たちの表情は真剣だ。そして、同時にこのゲームが明日の戦い如何で終了してしまう、そんな寂しさもあった。クラークは周囲を見渡すと立ち上がり、宣言する。
「次の戦いでこのゲームを終わらせる。皆協力して欲しい。では解散」
昨日の戦闘を見る限り、クリア出来るだろう。皆遣り残した事を終わらせる為にどんどん会議場を去っていく。俺はサーシャと共に自宅へと戻った。
「ここも今日で終わりなのか」
「……うん」
家の前で俺たちは呟く。たかだか半年程度である。今まで20年近く生きてきてその程度の時間は大した期間ではないだろう。だが、今までの人生で一番濃い時間だったかも知れない。俺は繋いでいるサーシャの手を強く握る。この子に会えたのもまたこのゲームのお陰だ。
そして俺は自宅の中を2人でゆっくりと見て回る。1つ1つの思い出を忘れないように。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ギルド専用チャット 栄光の翼
アイン:このスレも今日で最後か
クラーク:気が早いな。でも、今日で最後にしないとな
ブラッド:何だかんだで楽しかったよな。リアルの生活よりも充実した日々を送れた気がする
エイク:そうだね。甘い物も制限なく食べられたしね
クライン:そりゃ、あれだけ食えばな。見ていて気持ち悪くなったわ
プリム:確かにあれはちょっとね・・・
エイク:そうかなー食べられるのなら食べちゃう量だよ
ブラッド:さすがに広間を埋めるほどの量を買ってきた時はどうしようかと思ったぞ。いくら安いからって・・・
アイン:しかも俺らが食べようとすると怒るとか何だったのやら
エイク:当然だよ。食べ物の恨みは怖いんだよ
アイン:だったら広げずに食えよ
クラーク:全くお前らは・・・決戦の前夜でも変わらないのな
クライン:当然だろ。俺たちは俺たちだ。ピリピリして居ても結果が変わらないのなら楽しもうぜ
アイン:そうだぞ、リーダー。勝てなくても次がある。ここは現実ではなくゲームなんだ。楽しまなきゃ損だぞ
クラーク:そうだったな・・・それじゃ、これから酒でも飲むか。残していても仕方ないしな
ブラッド:お?まだ残ってたのか。俺は全部飲んじまったよ
アイン:これから宴会か?ならフィルムに料理をせびりに行くかな
クライン:止めとけ、今頃彼女といちゃついているだろ。邪魔はするなよ
アイン:うぃー
エイク:なら私が・・・
ブラッド:それだけは絶対に止めろ。甘い物で埋め尽くされても困る
アイン:折角だから皆で行こうぜ
クラーク:そうだな。この町を皆で歩こうか




