31話
「あ、チャット来たからちょっと待ってね」
朝、いつもの様に本日の行動を決める話し合い中にグレッグへ個人チャットが入った。トラブルの予感がする。とりあえず、何もしないのはアレなので、適当な菓子を出し皆で静かに食べる。
「ふぅ……遂にこの日が来たって感じだね」
「何かあったのか?」
グレッグに問うと微妙な顔を向けてくる。何があったのだろうか。
「ラスボスに着いたらしいよ。今日の夕方にでも討伐戦をしかけるらしいから、早ければそこで僕達は目覚める事になるかな」
「……そうか」
全員少し残念そうな表情をしている。何だかんだでこのゲームの世界を満喫していたのだ。いつまでも続くとは思っていなかったが、終わりが来るとなると寂しいモノもある。
隣に居たサーシャが俺の手を握る。大丈夫だ。リアルに戻っても俺たちの関係は変わらない。
「今日は休暇にしよう。戦っていていきなり戻されるのもアレだし、このゲームで最後にやりたい事をした方が良いと思う」
「そうだな。わしはアシュリーと各地を見てこよう。これがわしへの連絡先だ。覚えておいてくれ」
アドンはそう言うとアドンとアシュリーの本名、電話番号、そして住所が書かれた紙を渡してくる。てか、アドンって本名だったのか……外人?
「それなら僕たちも渡さないとね。フィルムはリアルの知り合いだけど、他のメンバーともリアルで集まりたいからね」
グレッグはそう言うと紙を取り出し、そこに自分の個人情報を書き出した。俺もそれに追随して書く。もう4ヶ月も一緒に生活をしているんだ、こいつらが信用できる事は解かっている。
少し躊躇いながらエイミーとサーシャも参加する。リアルに戻っても全員また会いたいという気持ちは一緒のようだ。
「受け取ろう。最初はリハビリなどがあるかも知れんが、必ずまた会おう」
「皆さんとの生活、楽しかったです。さようならとは言いません。またリアルで会いましょう」
そう言って書いた紙を受け取る。ゲーム内のアイテムなのでリアルへ持ってはいけないが、覚える事で連絡する事は出来る。この紙の情報は後に何も残らないこのゲームで得た俺たちの絆だ。
アドンはアシュリーを連れて家を出て行く。最後に悔いのない様に楽しんでくるのだろう。
「さて、僕達は地下室に行くよ。最後だし遠慮せずに楽しませてもらおう」
「そうね。無茶が出来るのも今日までなのよね」
お前らはどんな無茶をするつもりだ。確かにゲーム内であれば死なないけどさ……。巻き込まれたくないのでこれ以上は触れない。
「そ、そうか。程々にな」
「頑張って」
俺は言葉を濁すとサーシャがエイミーを応援する。どちらかと言えば頑張らない方が良いとは思うが、本人たちの自由だろう。2人は席を立つと手を取り合い歩いていった。
「俺たちはどうするか」
「今日はフィルムの部屋にずっと居たい」
サーシャはずっと家でイチャイチャしているのが望みのようだ。ゲームなのにそれをしなくていいのだろうか。リアルに戻ったら普通の人間だ。この耳も尻尾もなくなる。そう考えると今日はずっとそれを堪能したいと思う。
「それじゃ、行こうか」
「うん」
俺は手を差し出すとサーシャが掴む。俺たちは部屋に引き篭もる為に向かった。
「で、何でこんな事になっているんですかね」
「食べ物を一杯食べられるのはゲームの中だけ、今のうちに一杯食べたい」
いくらリアルで小食だからとは言え、最後に美味しいものを大量に食べたいと言うのはどうなのだろう。恋人同士の甘い空間は一体どこへ行ってしまったのか。
俺はアイテムボックスに保管してあった料理を全て出して食べる。残しても仕方ないし、いくら食べても満腹にはならない。精神的にもういいや、と思うことがあるくらいだ。
実は俺ってサーシャに好かれている理由がこれじゃないだろうな……。と不安に思うことが稀にある。
「フィルム、食べにくいけど膝の上に行っていい?」
「おう、どんとこい」
主に食べにくくなるのは俺だ。何せ頭が口の辺りに来るのだ。俺の不安そうな顔を見たからか俺の股の間に座ると背中を預けてくる。俺は食べるのを止めて両手をサーシャのお腹の前辺りで組んで軽くサーシャを抱きしめる。俺はこれだけで白米3杯はいけそうだ。
俺はサーシャの匂いを嗅ぎながら幸せを満喫する。その間もサーシャは手を休めずにどんどん食べていく。どれだけ食いしん坊なのだろうか。そうしている内にテーブルの上の料理は全て消えていた。俺の食べ掛けの料理すら食われるとは思わなかった。
「ふぅ……ごちそうさま」
サーシャは最後のジュースを飲みながら言ってくる。その表情は満足気だ。作った甲斐があるというものだ。俺は後ろからサーシャを抱きしめている姿勢のままだ。何となくこれだけで安心感があるが、いたずらの1つもしたくなるのが男というものだ。
俺の太ももの辺りをくすぐっている尻尾を掴むとサーシャの体がビクンと動く。そして慌ててこちらを見てくる。
「フィルム?」
サーシャが不安そうな顔でこちらを見てくる。これは堪らない。俺は尻尾の毛を梳くように優しく撫でる。サーシャも強く握ったりしなければ嫌でもないようだ。俺に背中を預けてなすがままになっている。そして俺は我慢が出来なくなり、サーシャをベッドへ運んで行った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
攻略スレpart55
102 名無しの偉大な魔術師さん
・・・負けた・・・
103 名無しの聖騎士さん
無理だろあれ・・・
104 名無しの神剣士さん
どこか慢心していたのかもな
俺たちだけでどうにかなるって
105 名無しの護衛士さん
ああ、そうだな
まさか3体同時に襲ってくるとは思わなかった
106 名無しの聖騎士さん
盾役が全然足りん
最低でも3人は欲しい
雑魚2体を削っている間にボスの攻撃で本隊が全滅は洒落にならない
107 名無しの偉大な魔術師さん
手伝いのメンバーに声をかけよう
そして時間をかけてでも準備をして、今度は勝ち取ろう
108 名無しの神官長さん
はい、今度こそ勝利を掴みましょう
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「だそうです」
昨日いつまで経っても終わらないなーと思ったら、負けていたらしい。そして今度は俺たちサブメンバーも含む全員で挑むんだそうだ。前回の反省点を踏まえてレベルの強化、戦闘技術の向上を目指すらしい。予定の期間は2ヶ月との事。
連携などの話もあるから、俺たち以外のメンバーと組むことも増えそうだ。それはそれで楽しみである。
「ふむ、あれだけ格好を付けて出て行ったのに戻ってくるのはちと恥ずかしかったがな」
「……そうですね」
アドンとアシュリーがばつの悪そうな顔をしている。そりゃ、もう戻ってこないような事を言って出て行った訳だし、そうなるだろう。
「ともあれ、最後のボス戦をお主らと共に戦えるのだな?これは楽しみだ」
どうやらアドンは変わらないらしい。最初に会った頃からずっとこの調子だ。
「ああ、当面は俺たちのレベルアップと訓練らしいけどな。その辺りの詳しい予定って聞いているか?」
「うん、まずはレベル上げだね。訓練は実際のボス戦を味わってもらう為に負ける事前提で挑むらしいよ?」
中々ハードのような気がする。負ける事前提という事は全滅するという事だ。結構辛い訓練になりそうである。
「そうか……でも効率を考えるとそれが一番良いのかもな」
ゲームである以上パターンを解析できれば大分有利になる。逆に知らないと突然の事にパニックになり、勝てる戦いも勝てなくなる可能性もある。何度も手合わせをすれば、その確率が減らせる。
「それじゃ、クリアに向けて頑張ろう!」
グレッグが話し合いを締めると俺たちは立ち上がり、攻略組の本部へと向かった。




