幕間1 サーシャと
幕間というより他の人の視点が多くなるというだけですね。
「装備も整ったし、この辺りで長期的な休暇を取ろうか」
突然グレッグが言い出す。今、俺たちは食堂でテーブルを囲んでいる。いつもであれば、今後の予定を決める場面だ。ドラゴンの乱獲で装備やお金はかなり潤っている。無駄使いをしないタチなので殆ど手を付けていない。家だって買える。
「休暇か。どれくらい取るんだ?」
「1週間くらいかな。その後にペットのクエがあるらしいから、それをやろう」
どうやら1週間の休暇らしい。ログアウト出来なくなってもう3ヶ月経とうとしている。そろそろ長期的な休みを入れても良い時期なのだろう。金銭的に安定してきているし。
ペットクエは全員でやるなら今から調べる必要はなさそうだ。色々と楽しませてもらおう。
「皆、好きな様に行動して1週間後に家に集合かな。遅れそうなら個人チャットで僕に言ってくれれば皆に伝えるよ」
「ふむ、どこに行くか。別にダンジョンに入っても良いのだろう?」
アドンがそんな事を言ってくる。どこまで戦闘狂なのだろうか。その戦闘能力には助けられているが。
「私はアドンに付いていきます」
アシュリーはいつも通りアドンと一緒に行動らしい。前の薬とかで何か企んでそうで恐ろしい。関わらないでおこう。
「俺はそうだな。ゲートを使って色んな所に行って食材を探してみるよ。基本的に観光みたいなものだな」
「私も行く」
俺が行き先を伝えるとサーシャが乗って来る。予想通りだ。サーシャの過去に何があったのかは解からないが、心を許した相手に依存にも近い感情を示すようだ。その内聞いてみようと思う。
「どうにもケーキの材料に足りないものがあってな。探してみようと思う。戻ってきたら作って披露するさ」
それを聞くとサーシャは強く頷く。余程好きなのだろう。
「私は観光ね。どこと決まった訳ではないけど適当に世界を見て回ろうかしら。グレッグも良いでしょ?」
「うん、言われなくても決まっているよ」
エイミーも世界を回るらしい。目的も違うし、邪魔をするつもりがないので別行動だ。グレッグには選択肢がないらしい。
「あ、それでなんだけど、攻略組の人たちが装備を強化したいらしいんだ。それでドラゴンを狩るから武器防具を貸して欲しいんだってさ」
「ふむ、わしは狩りをすると思うから無理だな。アシュリーも付いてくるならそうなるだろう」
アドンは拒否した。目的が戦闘なら必須だろう。俺は戦闘を目的にしていないので、貸し出せる。
「俺の装備は良いぞ。どうせ汚れも劣化もしないしな」
「私も」
そう言って俺とサーシャは装備を渡す。こう見ると結構格好いい。この装備にウルフソードとかだと色々と残念になりそうだ。
「ありがとう。エイミーはどうだい?」
「んー戦闘が目的じゃないし、前の装備もあるからいざとなったらそれを使えばいいわね」
エイミーはそう言うと装備を外してグレッグに渡す。早着替えは残念だと思う。そう思って見ているとサーシャが俺を睨んでくる。浮気は厳禁らしい。する気も無いが。
「それじゃ、装備はちゃんと確認して渡しておくよ。それじゃ、皆1週間後にまた会おう」
グレッグはそう締めると早速攻略組の人たちへ連絡をし始めた。俺たちがここに居ても仕方ないだろう。とりあえずサーシャとどこに行くか決める為に俺の部屋に向かう。サーシャは最近俺の部屋に入り浸りなので、自室を殆ど使っていないらしい。
「どこに行くか。乳製品とか品質によって結構違うらしい」
「乳製品なら西の方の牧場が良いみたい」
サーシャは既に調べていたのか、即答してくる。作ると言ってから大分経ってしまっている。ドラゴン討伐していたのだから手が回らなかった。シフォンケーキなら今ある材料でも作れそうだから渡しておこう。
「それじゃ、最初は西の方だな。ちょっと料理するから1時間後に行こうか」
「ん、解かった。準備する物は特にないけど、何かしたいのなら待つ」
確かにアイテムボックスに全ての所持品が入っている。入っていないのは家具くらいだ。持って行くようなものじゃない。個人的に枕にはこだわりがあるので、それをアイテムボックスに放り込み料理をする為にキッチンへと向かう。
「さて、シフォンケーキか。紅茶があるし混ぜてみよう」
ぶっちゃけシフォンケーキは混ぜてオーブンで焼くだけである。だが、レシピを見るとオーブンに入れるという手順がない。良く解からないが材料はあるので1つ1つ確実に混ぜていく。そしてオーブンに入れる寸前まで工程を進めていく。
「ここで焼くと思うのだが……なんでフライパンが出てくるんだ?」
レシピではそれをフライパンに入れて焼くとある。意味が解からない。とは言えオーブンもないし、その通りやってみると……何故か完成した。しっとり感もちゃんとある。変な所で手を抜くなよ、開発。
品質を見るとHQ品になっていた。どうやら運良くいい物が出来たらしい。それを人数分に切ると勝手に皿が出てくる。俺はそれらを全てアイテムボックスへ放り込む。大量にあっても仕方ないので、まだ誰か残っているか家の中を調べるとグレッグとエイミーが居た。地下室でもないし、行って見よう。
「よう、料理を作ってみたんだが食べるか?」
「貰うよ。何を作ったの?」
そう聞いてきたのでシフォンケーキを渡す。話を聞くと今は攻略組の人たちが装備を受け取りに来るのを待っているらしい。大量に作ったので半分ほど渡してくれ、と預ける。そして俺はサーシャの部屋へと向かった。
「サーシャ出来たぞ」
俺はそう言ってサーシャの部屋に入る。着替え中とかじゃなくて残念だが、そもそも装備を変えるだけなので裸になる訳ではない。ここの開発は色々とロマンが解かっていないと思う。
「良い匂い……」
「ああ、思ったより上手く出来たからな」
俺はアイテムボックスから出すとサーシャに渡す。何も飲まずにそれだけというのは寂しいが、さすがに100%ジュースはないだろう。
食べてみると意外なほど美味しかった。フライパンなのに……フライパンなのに……。
「美味しい」
サーシャはそれだけ言うと味わいながら食べている。表情を見る限り嘘ではないようだ。意外にどうにかなるものである。俺たちは食べ終えグレッグ達に声をかけて家を出た。向かう目的地は町のゲートだ。
ゲートに着くと相変わらずの行列である。俺たちはさすがに今から行く街の気候がわからないので、前に使っていた装備をしている。戦闘をするつもりはないが、最低限の準備みたいなものだ。逃げるにしてもダメージは少ない方がいい。
「さて、どの町だろうな」
「ここ、シェルニィって町」
並んで地図を見ているとサーシャが指差す。後ろから舌打ちとかされた気がするが、スルーしておく。俺たちはその町を選ぶとゲートをくぐる。そこにはトゥースの村とはまた違ったのどかな風景が飛び込んできた。
「牧場が多いな」
「うん、良い乳製品が手に入る」
牛乳だけではなく乳製品全般を買ってみるのも良いだろう。チーズとかは普通に料理で結構使うしな。
俺はサーシャの手を取り町を歩く。直接牧場に行っても追い出されそうなのでまずは直売所だ。アイテムボックスがあれば腐らないので先に買える。
俺は野菜と乳製品を適当に買いアイテムボックスに放り込む。見た目や名前だけでは正直違いが良く解からない。
まだ昼過ぎだが、早めに宿を取っておく。結構プレイヤーっぽい人が居たので、満室とか言われても困る。1室しか取らないが、確実に確保はしておきたい。
俺たちは土産物屋がないか探してみる。ここにも三角のタペストリーがあるが、世界共通なのだろうか。特に観光名所とかもないらしいので、イチャイチャする為に俺たちは宿へと戻った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
*サーシャ視点*
グレッグが突然休暇を取ると言い出した。フィルムは材料集めに行くと言っていたので私も便乗する。1週間も離れ離れになるのはとても辛い。今の私にとってフィルムは安らげる居場所だ。
「宿に戻ろうか」
フィルムが土産物屋で観光名所を聞いていたが、特にないと言われたので宿に戻ると言い出した。何もないただの町を散策するより一緒に居た方が私も安心できる。
「うん、戻ろ」
私はその意見に同意し、フィルムと手を繋ぎながら宿へ歩いてく。私は前を見ると言うよりフィルムを見ながら歩いていく。腕に抱きついてみたらどうなるのだろう。そう思いついたが、それを行う度胸は私にはないようだ。
フィルムは宿で鍵を受け取ると一緒に部屋へ向かう。部屋にはベッドが1つしかない。1人部屋なので当たり前といえば当たり前だ。私とフィルムはベッドに腰をかける。私はフィルムの肩に頭を乗せる。そうするとフィルムはいつも肩に手を回して抱き寄せてくれる。
恋人。私はそんな存在を手に入れられるとは思ってもいなかった。少なくとも2年前は。目を閉じてその頃の事を思い出すと、途端に悲しくなってくる。私はフィルムの胸に抱きついて顔を埋めるとフィルムは何も言わずに私の頭と背中を撫でてくれる。
悲しみから大分落ち着いてくるとフィルムが話しかけてきた。
「サーシャ。サーシャの過去の事を聞いても良いか?」
そう言われ私は自分でも解かるくらいビクッと肩を震わせた。嫌われるのが怖い。でも言わないと嫌われてしまうかも知れない。そう思うと話さずには居られない。
「大丈夫、言えないのなら無理してまで聞かない。だけど、サーシャの抱えている苦しみを一緒に背負いたいんだ」
フィルムが私の耳元で囁くように言ってくる。これは駄目だ。私ではなくても落ちてしまう。私はフィルムの膝に座りなおして抱きつく。こうするとフィルムに包まれているようで安心する。
「そうだな。それじゃ、まずは俺のことから話そうか。俺の本名は九郎という。大学1年の19歳だ。普通の家庭に生まれた長男かな。特に問題も無く高校、大学に進学した。このゲームを始めたきっかけはグレッグに誘われて、だな」
フィルム、九郎さんはゆっくりと喋る。確実に覚えて貰うように。
「私は……綾です。普通の家庭に育って……高校に入ってすぐ両親が事故で……」
そこまで話すと悲しくなってくる。優しかった両親が死んだ。それも目の前で。九郎さんは私を抱きしめて「そうか」とだけ言ってくる。
「その後、ショックで引き篭もったけど大分落ち着いてきたからリハビリを兼ねてこのゲームをやろうとしてここに居ます」
全部一気に言う。考えてみれば不運だ。ようやく立ち上がれると思ったらこれだ。フィルムとグレッグに声をかけて貰わなかったらどうなっていたんだろう。九郎さんは私の顎に手を置いて顔を動かすとキスをしてくる。
「綾。俺は君と一緒に居る。手放したりはするつもりはない。ここからログアウト出来たとしても一緒に居よう」
そんな事を言ってくる。やっと心を許せる人に出会えたのにゲームだけでは嫌だ。ずっと一緒に居たいのは私も同じ。離れろと言われても離れたくはない。
「うん、一緒に居たい」
私はそれだけ言う。声が涙声だ。気が付かない間に泣いてしまっているのだろう。九郎さんはそっと私をベッドに寝かせると覆いかぶさってくる。そして顔をゆっくりと近づけると私の唇を塞いだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
*フィルム視点*
いやぁ、過去話は強敵でしたね。最後は雰囲気に流されてしまったが、言いたい事は言えた。何となく身近な人に不幸があったのではないか、くらいの予想はしていた。両親とまでは思わなかったが。
初めての彼女だったが、既に数ヶ月同棲しているようなものである。問題はないのだからログアウトしてもずっと一緒に居たいと思う。言質を取れたので内心飛び上がりたいくらいだった。さすがに話の内容からそんな事は出来なかったが。
隣で眠っているサーシャを見て考える。思っていたより繊細な子だ。俺はこの子を守りたいと思ってきている。ゲームではなく、男として。何時の間にこんな感情が芽生えていたのかは知らない。俺はサーシャの胸を揉みながらそう思った。
「さて、ゲート付近だけを散策しても面白くないから、少し街道を歩いて他の村へ行ってみよう」
「うん、美味しいものがあるかも知れないしね」
サーシャが笑いながら言ってくる。もしかしたら昨日話したことで少しは肩の荷が下りたのだろうか。サーシャは手ではなく俺の腕に抱きついてくる。まるでカップルだ。いや、カップルなのだが。
さて、これからどんな事を一緒にして行こう。この子と一緒なら何でも楽しめそうだ。
他人視点だと主人公が美化200%くらいですね。




