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私がこの世界に来て二週間が過ぎた。
相変わらず登校するときには美少女の大群を引き連れる羽目になるし、下駄箱には数は減ったとはいえまだ手紙が入っているし、幼馴染みと委員長はやっぱり馬が合わないらしいけど、さすがに生活にもちょっと慣れてきた。
あまり嬉しくない変化は、初めのうちは私を遠巻きに眺めているだけだった同じ高校の美少女たちが、直接話しかけてくるようになったことだ。クラスメイトに限らず、他のクラスや学年からもわざわざ私を訪ねてくる。
「あのっ、取り替えっ子だって聞いたんですけど、ほんとですか?」
「前にいた世界ってどんなところだったの?」
この辺りはまあ、知りたい気持ちも分かるし、私としても答えやすい。
「一人暮らししてるってほんと?」
「お肉が大好物だって聞いたんですけど」
この辺も、ちょくちょく誤解が混じってはいるけど、答えられる範囲だ。
「ほんとにきれいですね……」
「前にいた世界って、ほんとにこんな美人しかいなかったの?」
「あの、握手してもらってもいいですか?」
困るのはこういう話題だ。この世界に来るまでそんなことを言われたことがないので、どう返せばいいのか見当もつかない。
周りからは私が美人に見えているらしいことも未だに信じられないから、美少女たちに寄ってたかっておちょくられているような気がして冷や汗が出る。握手くらいならするけど。
放課後。席から立ち上がったところで、ここ数日と同じように美少女たちの質問攻めに遭う羽目になった私は、ちらちらと教室の入り口を見ていた。
いつもなら幼馴染みが来て幼馴染み特権を濫用し、美少女たちを蹴散らして一緒に帰ってくれるんだけど、今日はまだ来ない。帰りのホームルームが長引いてるんだろうか。
「取り替えっ子って、ほんとにきれいなんですね……」
「私、こんな美人ばっかりの世界とか絶対行きたくない」
「ほんとそれ」
真顔でそんなことを言っているのは、私のいた世界に来たら「千年に一人の美少女」とキャッチコピーがつけられるレベルの美少女ばかりだ。そんな美少女たちに囲まれてうっとりと見つめられると、私の心労が限界突破しそうになる。
もしこの瞬間に美少女たちの目が節穴じゃなくなって、ありのままの私の姿が見えるようになってしまったら、私はいたいけな美少女たちを騙した悪逆非道のブスとして磔にされた上で丹念に燃やされるかもしれない。
私が自分の妄想に怯えていたとき、教室の入り口の方がざわついた。やっと幼馴染みが来てくれたか、とほっとしながらそっちを見た私は、現れた人を見て固まった。
悠然とした足取りで教室に入ってきたのは、色気をだだ漏れにさせた見知らぬ美女だったのだ。制服を着ているから生徒だと思うけど、その艶っぽさはとても高校生には見えない。
この高校には珍しく、可愛らしい色合いの制服があまりしっくり来ない女子だった。スーツか、もしくは豊満な胸元を強調したロングドレスでも着てくれたほうがずっと馴染みがいいと思う。
このクラスに知り合いでもいるんだろうか。見とれながらぼんやりと思っていると、美女はゆったりと教室を見回して、ゆっくりとこっちに歩いてきた。
……はい?
私を取り囲んでいた美少女たちも、美女のオーラに圧倒されたのか、すっと脇によける。
美少女たちが空けた道を、海を割ったモーセのように歩んできた美女は、私の正面で立ち止まった。緩く波打つ長い髪の一本一本からさえ、フェロモン的な何かが発散されているような気がした。
彼女の艶やかな唇がゆっくりと開かれる。
「あなたが取り替えっ子ね?」
外見を裏切らず、色気に満ちた低めの声だった。私は声も出せずにがくがくとうなずく。目の前の激しく自己主張してくる胸から目が離せない。なんというか、威厳すら感じる存在感だった。
「ひいっ」
美女の胸元に気を取られていた私は、いきなり頬を撫でられて情けない悲鳴を上げてしまった。
目を上げると美女の顔が間近に迫っていて、思わずのけぞる。
「噂には聞いていたけれど、なんて可愛いの……たまらないわ」
長身の彼女は、私に覆いかぶさるようにさらに顔を近づけてきた。圧倒的な立体感を誇るその胸が、私の貧相な胸元と密着するほどの近さだ。
身を引いて距離を取ろうにも、いつの間にか両頬に手が添えられていて逃げられない。
「ねえ、私のところには全然来てくれないのね。私、ずっと待っていたのに」
囁きかけてくる美女の切れ長の目が、切なげに細められる。
私が男だったら、脊髄反射的な勢いで「行く行く! 今から行く!」と答えてしまいそうな口調と胸の感触だったけど、あいにく私はただのブスだ。ついでに、彼女がどこに来て欲しがってるのかも分からない。
「あーっ、何してるの!?」
無駄に濃密な雰囲気に呼吸困難になりかけていた私を救ったのは、教室に響き渡った幼馴染みの甲高い声だった。
ばたばたと駆け寄ってくる幼馴染みの勢いに、美少女たちがまたすっと脇によける。
……美女の迫力に呑まれて忘れていたけど、そういえば美少女たちに囲まれたままだったんだ。ついさっきの状況をみんなに見られていたかと思うと、なぜかものすごく恥ずかしい。
美女は幼馴染みに流し目を向ける。さすがの幼馴染みもその色香にビビったのか、開きかけていた口を閉じた。
一瞬の沈黙のあと、美女は私に視線を戻して微笑んだ。恐ろしいほどの艶に、私の息はまた詰まる。
「今日こそは私のところに来てくれるわよね?」
美女の唇が私に触れんばかりに近づいてくる。何だか分からないけど、行くと言うまで解放してもらえない気さえしてきた。新手の宗教の勧誘か? 美人局? いや、それは違うか?
「だめーっ」
混乱する私の前に割って入って美女を押しのけてくれたのは、やっと我に返ったらしい幼馴染みだった。もうちょっと早く対応してくれればもっとありがたかったけど、この際贅沢は言わない。
突然やってきた見知らぬ美女は、元の私が入っていた部活の先輩だという。この高校の三年生だとのことだったけど、そう聞かされてもやっぱり高校生には見えない色っぽさだった。
「とてもきれいな取り替えっ子と入れ替わったらしいって噂は聞いていたから、部室に来てくれるのを楽しみにしていたのに」
廊下を歩きながら、半歩先を行く先輩はちょっと振り向いて唇を尖らせた。そんな子供っぽくなりそうな仕草をしても、滴るような色気はまったく薄れない。
「何日待っても全然来てくれないんだもの。もう待ちくたびれちゃって、迎えに来ちゃった」
「そんなことでわざわざ教室まで来たんですか?」
このとげのある口調は幼馴染みだ。彼女はなぜか、先輩と私の後ろについてきている。
仮にも先輩に対してそんな言い方、とぎょっとした私とは裏腹に、先輩自身は余裕たっぷりに微笑んだ。
「もしかしたら、部活に入っていたことを知らされていないんじゃないかと思ったのもあるわ」
今度は幼馴染みがぐっと言葉に詰まったみたいだった。私は肩越しに彼女を振り返る。
「ねえ、私、何の部活に入ってたの?」
幼馴染みは不自然に視線を泳がせて、何も答えない。もしかして、わざと私に黙っていたんだろうか。
「ああ、やっぱり教えてもらっていなかったのね。迎えに来て良かったわ」
先輩は妖艶な微笑みを私に向けた。
急に不安になってくる。元の私が入っていた部活とは何だったんだろう。幼馴染みが言いたくなさそうな素振りを見せていることから、何かいかがわしい部活のようにも思える。
ついでに、だんだん校舎の人気がない方に向かっているような気もしている。このフロアに入ってから、私たち以外の人の姿を見ていない。
このまま先輩を名乗るこの美人についていってもいいものだろうか。今ならまだ引き返せるんじゃないだろうか。
「……あの、」
やっぱりやめておきます、と言おうとした瞬間、少し前を歩いていた先輩が立ち止まった。私もつんのめるように足を止める。
「ここが部室よ」
廊下の突き当たりにある扉を目で示して、先輩は両手を軽く広げてみせた。
「私とあなたの愛の巣、超常現象研究部にようこそ」
……今回ばかりは幼馴染みが正しかったかもしれない。




