013 持てない
お久しぶりです、時間が……掛かりすぎました。
ところで、話は変わるが四歳の私が幼稚園に通っているのは必然である。
いや、雨ノ森家の家庭状況を見れば大人の目から見て通う必要性は無いに等しいのかもしれないけれど、兎に角通っている。
正確に言えば、大学付属の幼等部といったところだろうか。
幼小中高大一貫って一纏めにし過ぎだと思うのだけれど、まあそれはどうでも良いか。
まあ『ハピアン』において存在するってことはあり得ないことじゃないって事なんだろうけれど……。
決められたレール過ぎて私はどこで進路志望をすればいいのか分からない。
というか、大学受験が近付いて来てやだなーと思っていた私が、幼稚園を受験するとか……どうよ?
流石に満点だったわ。
ていうか、審査に運動も含まれてるんだね。
それはさて置き、というか、昔話はさて置き。
昨日あるもので済ませようとして敢え無く失敗した私は、幼稚園に来ても悩み続けていた。
まず環境が最悪だよね。
師匠の言った通り、何処でも剣は振れるんだよ。
剣があればね。
無いんだよ、剣。
ボディーガードの人達が持ってる警棒を拝借しようかとも考えたんだけど、保管してある部屋に入れなかった。
家は西洋の御屋敷って風なのに用具室へ入るのに暗証番号が必要だった。
四歳児が暗証番号を知る術を持ち合わせてたら私ビックリするわ。
まあ危ない物もあるしね。
スタンガンとかもあった気がするし。
それから、ポールじゃないけれど取り敢えず棒を探してみたけど、結果はあまり芳しく無かった。
まず『柱』。
持てない。
次に『バール』。
重過ぎて振ったら脱臼するかと思った。
次に『麺棒』。
比較的良かった。
が、バレて高い所に仕舞われた。
次に、『樹木』。
持てない。
うん、駄目だね。
麺棒とかそこそこ良かったから本当に悔やまれる。
というか家の中に思ったより棒状のモノが無い。
いっそのこと、お母様に魔法のステッキでもお願いして見ようか……。
でもプラスチックってカルカンで絶対意味ないようなぁ……。
取り敢えず、筋トレは始めた。
筋肉が付き過ぎると成長の妨げになるので程々だ。
腹筋腕立て背筋五回三セット。
いやまさか一セットだけで手がプルプルしてくるとは思わんかった。
貧弱! 貧弱ゥ! 弱いよ弱すぎるよ。
握力も大事なので、消しゴムをニギニギしている。
「う、うぅ~ん……?」
コレで良いのだろうか?
折角小さい頃から鍛えるチャンスだというのに、しっかりできていない気がする。
ハードルが親って辺り、『ハピアン』らしいというかなんというか……。
こんなリアリティはいらん。
「あれ、何時の間にか……」
気付けばお勉強の時間は終わり、食事の時間のようだった。
それが終われば休み時間、ようやく退屈な授業から解放され、少し羽を伸ばすことが出来る。
「ヴァル様、お隣宜しいですか?」
「えぇ」
固い。
思う、ここの幼稚園、凄く固い。
ここでは特に女子達の持つ独特の雰囲気がある。
頭が悪くボキャブラリーに乏しい私は説明に向かないのだけれど、幼稚園児に対しての教育にしては厳しすぎる程マナーと喋り方を矯正(殆どの人は元よりお嬢様口調だけれど更に正しい口調を叩きこまれる)に学ぶこともどこか気取ったものばかりで、特に女性に対しての教育が厳しく指導される。
その為男子はまだ子供らしいところを残すが、女子は既にお友達にはなりたくないなぁって思わされるような言動を発する子も出てきている。
なんかもう宗教染みているというか……いや、キリスト系の幼稚園ではあるのだけれどそういうことではなく、正に教育とは洗脳であると言わんばかりの教育方針の所である。
『ご飯一緒に食べましょう』をこんなに堅苦しく言わせる教育を施す幼稚園を私は知りたくなかった。
「天におられる私達の父よ、皆が聖とされますように、みくにが来ますように、御心が天に行われる通り、地にも行われますように。私達の日ごとの糧を今日もお与え下さい。私達の罪をお許し下さい私達も人を許します。私達を誘惑に陥らせ得ず悪からお救い下さい。アーメン」
食事もマナーを学ぶ場だ。
長い祈りの言葉の後でようやく始まった食事中の私語は厳禁、席は自由であれども話す事は出来ないのだからただ隣り合って食事をするだけである。
この位の年齢の時にここまでガチガチに固める必要が何処にあるのか。
私はそう思わずにいられないが、多分これは『ハピアン』の辻褄合わせに関係している。
高等部に入学した主人公が最初に思う事、それは一朝一夕には決して身に着かない立ち振る舞いをする人達少なからずが居ると言うことである。
多分この幼等部はそういったガチガチのお嬢様を製造する為の工場だ。
『ハピアン』において、多くある疑問の中の一つにモブキャラは果たしてモブキャラなのだろうか、というものがある。
普通、モブキャラといえば名前も決められない背景に等しい存在で、作品によっては顔すら描かれないものだってある。
だというのに『ハピアン』の中では全くストーリーに関係の無いモブキャラ一人一人名前があり、その一人と関係を築くことも出来ればそのキャラとのみ関係を築くことすら出来るようになっているのである。
全モブキャラに話し掛けられて、全モブキャラの顔が違う。
むしろ主要キャラを探す事が難しいレベルで作り込まれていて、説明書に描かれた主要キャラ早見表がなければそもそも、主要キャラを探す事から始めなければならないのである。
そして説明書に掛かれていない主要キャラを逃すとハッピーエンドへはいけないのは安定の鬼畜クオリティである。
そもそものラスボスたる雨ノ森クシェルも乗ってないし。
マジで容量がどうなっているのかは知らないけれど、キャラを作り込んだはいいがそういったキャラを作り出す為の設定が恐ろしく甘いのが『ハピアン』制作会社のダメなところ。
私の父親のスペックと性格が一致しないのと一緒。
主人公への試練を鬼門にする為に周囲を有り得るようにした結果、嫌になる程現実的な癖に詰めの甘い所が多く生まれてしまった。
そして現実になった今、存在するこの幼稚園はそのシワ寄せみたいなものなんだと思う。
それが普通の世界なのだろうけれど、私としては全然普通じゃないから苦痛以外の何物でもないよ。
まあそれで投げ出す気なんて更々ないのだけれど。
「ヴァルサマ! 行こう!」
食事を終えて真っ先に向かって来るのは男子の私を誘う声である。
説明した通り、女子達の空気は正直私には耐え難いものなのだ。
で、あればどうするか、簡単だ。
男子の輪の中に入れば良いだけの事。
「えぇ、今行きますわ」
休み時間は自由だ。
教師は絶対的に不干渉、問題を起こさない限り園児が何をしても口を出さない決まりになっているらしい。
多分、この年代の子供が本来学ぶべき想像力の発達を促がす為だろう。
けどそれは数十分で学べることなのか?
私は教育者としての教養は無いから分からないけれど、この幼い子供にマナーだのなんだのを詰め込む必要はないんじゃないかと思う。
それはさて置き、外に出た私は園内の綺麗な庭に集まる男子の輪の中に混ざる。
「来たなヴァルサマ、今日こそ俺達が勝つからな」
「フフッ、望むところですわ」
ちなみに、ヴァルサマ、というのは幼等部での私のあだ名である。
正確には『ヴァル』で女子達がそれに様をつけて呼び始めた事から男子達の中では『ヴァルサマ』に。
ヴァルは、ヴァルキリーから来ているらしい。
なんだっけ……なんだかのアニメに出て来るなんちゃらってキャラと私がソックリで、そのキャラがヴァルキリーだからヴァルなんだとか。
まあ、あだ名の由来はどうでも良い。
今は幼等部唯一の楽しみたる休み時間なのだ。
「じゃあ、戦を始めましょう」
感想、評価頂けると嬉しいです。ポテンシャルが上がります。




