間接キス
翌日、早朝から外にあるグラウンドまで皆んなで歩いて行くと、そこへ一度集合し、全員で体操をした後朝食、そして朝のイベントは食器作りである。
そして体操、朝食、食器作りを難なく終えると次のイベントである魚釣りへと移行する。
ちなみ魚釣りといっても貴族に恥をかかせないために湖の水を利用して作った小さな人工池で養殖している魚を釣るだけであったりする。
そして一通り魚釣りのレクチャーを受けたわたくし達は魚を釣り、その魚とこの近くの畑で採れた野菜に、周辺で狩ったジビエ肉でバーベキューである。
あぁ、森林、土、湖の匂い、音、空気、そしてこの中でバーベキュー。
贅沢ですわぁーっ!学生の頃は只々バーベキューってだけで、むしろ肉さえ食えれば何処でやろうと満足でしたのですが、あぁ、この歳になってやっとこの時間こそが肉よりも贅沢である事に気付かされる。
こればかりは大人になり、社会を経験しなければわからない、時間は有限であると嫌でも分からされる環境に身を投じて初めて分かる贅沢なのかもしれない。
しかし、せっかくのバーベキューですのに味付けが塩だけというのも味気ないというものですわ。
「ウルさん」
「はい、お嬢様」
そしてもはやウルとは阿吽の呼吸で意思疎通が出来る様になった。
初期の奴隷全員に当てはまるのだが、名前を呼ぶだけである程度の意思疎通が出来るという事実に気付き思わず今更ながらに驚いてしまう。
この技術に関しては奴隷達の『大好きなお嬢様を愛でる趣味』というもはや変態といっても過言ではない趣味のお陰でなせる技なのだが、フランにとっては知らぬが仏であろう。
そんな、趣味が高じて得た技術によりウルはスッとこの場所から抜け出しある物を取りに向かう。
それは何を隠そう、胡椒であり、コレが有る無しでは食材の味も全然違うと言えよう。
一瞬焼肉のタレとも思ったのだが貴族の多いこの学生という檻の中で使うのはバレた時を考えると俺も私もと群がってくる可能性もあるので泣く泣く候補から外して来た。
一番初めに思い浮かんだ焼肉のタレを一番初めに候補から外すなど何と皮肉の効いた話か。
その為今回、事前に配られた『旅のしおり』という合宿実行委員による手作りのパンフレットに目を通し、バーベキューと言う文字を見つけてこっそりバーベキューに合う香辛料などを隠れて持ってきたのであるが、思う所は皆同じらしく各々がお各々の家から様々な香辛料を持って来ているようである。
しかし、美味ながらも一辺倒なこの味をワンランク上に上げてくれる胡椒。
この胡椒はその昔金と同等の価値があったというのも頷けるというものであるがその用途に、腐りかけの肉の匂いと味を胡椒で誤魔化して食べていたという話もあったりする。
あぁ、しかしこうも肉が上手いとビール、いや、ビールなど高望みは致しませんので何かアルコール類と一緒に食べたいと、昨日の紛らわしい、瓶に入ったブドウジュースの影響でついつい思ってしまう。
考えない様に今までしていたのに、昨日飲めると思ってしまったばっかりに、尚その欲望が強く出てしまう。
と、いうわけで今度担任のレンブラント先生を揺さぶってワインの一本でも頂こうかしら?などと思ってしまうのは仕方のない事であろう。
この時、飲めば必ず母親にばれて叱られるなどという考えに至らないあたりが人間の愚かな所である。
しかしこの欲望も数日経てばすっかり忘れ去る事が出来る。
その理由としてはこの身体がまだタバコもお酒も経験していないという事が大きい。
それは、前世でイケナイ薬に手を出さなかった事と同じ様な事なのであろう。
それらは成分や接取したらどの様な影響を身体に及ぼすかなど、調べれば直ぐに出てきて、そしてその中には想像できる快楽の類もあった。
しかし、その快楽を想像できるからといって、その想像だけでイケナイ薬中毒になるものなど一人もいやしない。
それは脳がその快楽を経験していないからに他ならない。
「二本の棒だけで器用に食べるもんだな、フラン」
「あら、ノア様。慣れればどうという事は無いですわよ。むしろ慣れてしまえばフォークよりも使い勝手がよくてよ」
「ふーん、そんなもんなんだな。興味が出たのでちょっと俺にも使わしてはくれないか?」
「ええ、まあ、宜しくてよ。しかし初めから上手く扱える者などおりませんので上手く扱えなくても落ち込まないで下さいま………ちょっ、やっぱり無し───」
ちょっと待つのですっ!!コレはいわゆる間接キスというものになってしまうのではないのですかっ!?
「あーやっぱりフランみたいに上手く扱えないみたいだな。肉を一枚挟んで口に入れるという動作だけで物凄く疲れた………どうした?そんなに顔を赤くして」
「なっ、ななななっ、なんでも無いっ!!なんでも無いですわっ!そうなんでも無いのですわっ!!間接キスなんてこれっぽっちもっ!!」
「え?……あ……っ!」
「フランお嬢様、胡椒をお持ちいたしました」
「あ、あありがとうウル」
「フラン様っ!!レオ様が調子に乗って炎の火力が凄いことになってますっっ!!」




