ゴミクソ虫
そしてセバスさんは誰に言われるでもなく語り出す。
それはもう身振り手振り、まるで新手の強引な宗教の勧誘の如くいかにフランお嬢様が心お優しい人物であるか、そしてこの貴族至上主義という考え方に日々心痛めている事、であるにも関わらず自分の家族が貴族至上主義であるという事、その貴族至上主義を含めて権力者が弱者を食い物にする世の中に異を唱え、世の中を正す為に日々動いている事等々約小一時間に渡り御高説を唱えてくれた。
ぶっちゃけ小一時間同じ内容のループであった為途中からは全くセバスさんの話を聞いていなかったのだが要約すれば───
「えーと、それはあのフランお嬢様は本当はとても優しいお方で、我々庶民に対してもちゃんと一人の人間として見ているのだけれども家族が貴族至上主義だからこうやって隠れて本来の自分を曝け出す事の出来る数少ないフランお嬢様にとって大変貴重な時間が今目の前で繰り広げられている光景で、今私が出て行く事でこの貴重な時間をぶち壊してしまう所であったと?」
───こういう事であろう。
「分かって下さいましたか。それこそが我が主人であられますフランお嬢様で御座います」
「え?セバスさんの主人はドミナリア家当主様では無いのですか?」
私がそう言うと何故か可哀想な、そしてこれ程説明してもまだこんな単純な事も分からないのかと言いたげな目線を向けられため息を吐かれる。
正直な話殴ってやろうかと思ったのだがそこはぐっと堪えた。
こういう場合は精神年齢が大人の方がその大人故の余裕と包容力で耐えてあげるのが大人の対応というものである。
「普通に考えましてドミナリア当主はゴミクソ虫であり、そんな者を主人と思うわけが御座いません」
「え?ですが給金はドミナリアご当主様から───」
「関係ありません」
「関係無いって、まあセバスさんがそれで良いのでしたらそれで良いのですが」
「ええ。私の仕える主人はフランお嬢様ただお一人で御座います。庶民を愛し、正義の名の下に悪を挫き、そして私如きでは相手にもならない程の智謀をお持ちのフランお嬢様ただお一人で御座います」
そう言うとまるで自分の事の様に胸を張るセバスさんに若干の苛立ちと気持ち悪さを覚えるも、セバスさんの言っている事の中ににわかには信じれない事があったので問うてみる。
「正義の名の下に悪を挫き……?」
「ええ、左様でございます。それは忘れもしない私の誕生月の話で御座います」
そしてまたもや始まったセバスさんの、フランお嬢様についての御高説に私はまた長くなりそうだとうんざりするのであった。
◆
「クソッ、クソッ、クソッ」
一人の男性が額に血を流しながらも気にする素振りすら見せずに真夜中の街を、まるで何かから逃げる様に走っていた。
「何でこの様な事になってしまったんだっ!?一体いつからあいつらはこの俺様を見限ったのだっ!!」
「そんな事、貴様が産まれた時からに決まっておろう」
「うわぁぁあああっ!?く、来るなっ!!この無礼者っ!!」
「これはこれはおかしなことを言いますね。今の貴方は何の権力すら持たないただの平民ではございませんか。それをまるで自分が偉いんだぞと先程から威張りくさっておりますが何を仰いますやら。冗談にするにも少し面白みに欠ける冗談ですね。しかし、まさか貴方如きに結界魔術を使用できるとは思いませんでしたよ」
コイツが何を言っているのか全く理解できない。
この俺様は教皇であったはずであるし、今現在喋っているあいつは俺の信頼できる部下であったはずである。
それが何故この様な事になったのか、いくら考えてもその答えは出てこない。
ただ分かっている事は目の前の初老の男性はこの俺様を嬲り殺そうとしている事だけである。
「私は悲しゅうございましたよ。小さき頃より貴方と言うゴミみたいな者からの無理難題傍若無人な態度とその命令に口答え一つせずにただただ尽くして参りましたのに、まるで蟻を踏み潰すかのごとく銃口を私に向け何の躊躇い無くその引き金を引く貴方のその行動。あぁ、痛い、痛いですなぁ、教皇様………あぁ、元教皇様でしたね」
この俺様を見下した目線を向けそう言うとゲラゲラと笑う初老の男性。
そこには俺の知る男性の姿は無かった。
代わりにあるのは恐怖のみ。
突き離されて初めて死というものがこれ程怖いものであると理解した。
理解してしまった。
故にもう俺様は以前の様にこの初老の男性へ上から命令する事が、死と言う凄まじい恐怖によりする事が出来ない。
「えぇいっ!衛兵達は一体何をしておるっ!?早くこの不届きものかつ無礼者を捕まえんかっ!!」
代わりにこの国の衛兵に向けてさっさと助けろと叫ぶも怖いくらいに反応が返ってこない。
その事に生じた焦りによって、何故大声で叫び呼んでいるにも関わらず誰も来ないという違和感を見逃してしまう。
この俺様にこれ程までに恐怖という感情を植え付けたこの男性は死してその罪を贖わせなくてはいけないのだが、自分の思い通りに動かない世界に苛立ちすら覚えてしまう。




