メイド長、
この事実に目の前の馬鹿は知らないし、知ろうともしない。
そう、これから起こるであろう未来もである。
初老の男性が銃を教皇に見せ、そして渡した時点で俺は察っする事が出来たのだがこの教皇にはそれを察する事が出来なかったみたいである。
自分としてはもう数年は先の話であるとは思っていたのだが、確かにこの銃という武器が出た以上それもまた致し方無しと判断したのであろうし、俺もまた今から起こるであろうことは賛成では無いが反対でも無いと言った所である。
詰まる所ジュレミアのせいでどの判断が正しいのか俺の頭では判別出来ないという事である。
そしてこういう時は多数決に限るのだが、初老の男性を止める者が今なお現れないという事はそう言う事なのであろう。
そして初老の男性は銃口を教皇のこめかみへ狙いを定め、そして乾いた破裂音が響き渡るのであった。
◆
メイド長である私は見てはいけないものを見てしまったと思わず椿で出来た垣根に身を隠してしまった。
その判断が失敗であったと思った時は既に遅し。
フランお嬢様が、私が隠れている垣根の近くで布のシートを広げてティータイムを奴隷達と始めたからである。
ちなみにメイド長という肩書きこそあるものの私の年齢はまだ二十代(今年から切り捨て)だ。その理由はメイド長だろうと何だろうとドミナリア家の者に気に入らないと思われれば問答無用で首になる。上も下もコロコロと首になり気がつけば私がいつに間にか最年長でありメイド長だ。
けしていい歳して経験も豊富だからメイド長なのではないという事は理解して頂きたい。
しかしながら、そこはまさにこのドミナリア家の異常性を感じ取る事が出来るであろう。
「こ、これでは出るに出られませんね」
故に私はここから出るに出られなくなってしまった。
今ここでフランお嬢様に見つかれば何をされるか分かったものではない。
それこそアンナの様に奴隷へと落とされるかもしれないし、職を失うかもしれないのである。
そうなれば故郷に残した両親と弟や妹達への仕送りも出来なくなってしまうという事でもある。
そんな事を思いながら気付かれない様に私は深いため息を吐く。
フランお嬢様の事である。
ただのティータイムで終わるはずがない。
恐らく私の元同僚でありフランお嬢様の奴隷へと落とされたアンナ又はお嬢様のペットであり奴隷のメイさんかウルさん、若しくはその全員をいたぶるのか、はたまたいつもの様に命ある者としてではなくゴーレムか何かの様な態度で対応するか。
しかし、残念な事に人気のない家の裏まで来たという事は恐らく前者であろう事が濃厚であると私は思うし、ほぼ間違いないであろう。
私が、ただただフランお嬢様へ様々な負の感情を抱いてしまうのは仕方ないと私は思う。
そして、私個人の力では助ける事もどうする事も出来ない事をアンナへ心の中で謝罪する。
たった一回のミスで奴隷に落とされたアンナはさぞフランお嬢様の事を恨んでいる事であろう。
「フランお嬢様っ、今日のお菓子は私が作って来たんですよっ!ふ、フランお嬢様の作るお菓子の数々と比べるとやはり劣ってしまうかもしれませんが………」
「アンナさんが作るお菓子がわたくしの作る料理より劣るなどと言う事は御座いませんので自信を持ってくださいまし」
「あ、ありがとうございますっ!ちなみに今日作って来たお菓子はアップルパイと、お嬢様に教えて頂きましたバニラアイスで御座いますっ!!アップルパイを魔術で温めてさせて頂きますので今しばらくお待ち下さいませっ!」
「あら、それは凄い楽しみですわね。今直ぐにでも食べたいくらいですわ。それではアンナさんの料理が完成するまでウルとメイでトランプでもして待ってますね」
んん?
なんかアンナが今まで見た事もない生き生きとした表情でフランお嬢様の摘むお菓子の仕上げ───と言っても温めるだけらしいのだが───を手がけ始めた姿が目に入ってくる。
このドミナリア家に仕えていれば、まずあの様に嬉しそうな表情を作るはずがないし作れる筈もない。
だったら残る理由としては奴隷への命令であろう。
忌み嫌う相手に対して愛情を持って接する様に命令しているのであろう。
心と行動の乖離、想像するだけで恐ろしい。
これはまるで人体実験のようではないか。
貴族じゃないってだけで、小さなミス一つで奴隷に落とす。それだけでは飽き足らずこんな悍ましい事を行う光景に私は、これでも同じ人間なのかと恐怖を覚える。
「出来ましたよフランお嬢様っ!メイさんウルさんっ!」
「んー、焼いたリンゴのいい香りね。やっぱり食べ物を温めるこの魔術は便利ですわね」
「うん。私もそう思います」
「いつでも美味しく頂けますから」
「ささ、アップルパイを切り終えましたよ。ではこの上にアイスクリームを贅沢に載せさせて頂きますね」
そんな感じでまるで皆様フランお嬢様を怖がるどころか、むしろ皆様若干フランお嬢様に近い気がしないわけではない。
しかし、アンナがアップルパイの上に乗せた白い食べ物は、氷菓ではないのか?
その氷菓がアップルパイに乗せられた時のアンナやウル、メイ、そしてフランお嬢様の反応から見ても間違い無いであろう。
それをフランお嬢様の分だけではなくアンナ達にも均等に……あぁ、温かいアップルパイの上に冷たい氷菓っ!!なんと贅沢な食べ方であろうかっ!!味の想像をしただけで私の口の中がヨダレで大洪水ですっ!!




