ほっぺではなくて唇
食事も終わり後は馬車でフランさんの実家へ送るだけである。
そして楽しい時間はあっという間に終わりを告げフランさんが側付きであるメイドの手を借りて馬車から降りて行く。
普段であればここでお別れの言葉を言って終わりなのだが俺はフランさんの唇を奪う為に後を追う様に馬車から一緒に出て行く。
「今日はお疲れ様でした。騎士団団長という立場も、王家の血を引くという立場もその両方をお持ちのアレックス様は今大変お忙しい日々であるにも関わらずこうして、まだ世間を知らない小娘一人の我儘に付き合わせてしまって申し訳御座いませんでした」
「そんな事無いよ。俺はフランさんと逢いたいし、これから忙しくなるからこそ逢いたいと自分の意思でここまで来たんだ。フランさんが謝る必要はない。それに王家の血筋と言っても俺で三代目だからそれに関してはそこまで忙しくは無いかな。騎士団の方は副団長に無理を言っては居るんだがみんな優秀だから少し俺が抜けた位ではどうにでもなるよ。むしろ今日一日楽しい時間過ごすことが出来ていい意味でリフレッシュ出来たと思う。ありがとう」
こんな時ぐらい子供らしく振る舞って欲しいと思うのだが気になる異性の前では大人びていたい難しいお年頃なのだろう。
そこを突くのは野暮という事くらい流石の俺でも理解している。
だからここは大人の俺がフランさんの目線に合わせてあげるがフランさんは聡い娘である為子供扱いしてしまっている事に気付いたのか一瞬だけ不満そうな表情をするのが見えた。
それはまだフランさんが世間に染まっていない何よりもの証拠でありこれから世間を知って行くにつれて面の皮が厚くなるため今この時期でしか見れない貴重な表情である。
それと同時にまだ何色にも染まっていないフランさんを自分の色に染めたいという欲求がふつふつと胸の奥から湧き上がって来る自分がいる事に少しだけ驚いてしまう。
これでは二十歳年下を娶った俺の親父の事を悪く言えないではないか。
「そうですわね……」
そしてフランさんはまさか感謝されるとは思っていなかったのか返事の言葉を考えていなかったらしく少し言葉に詰まって居る様である。
その姿は余りにも無防備であり、俺は『ここしかないっ!』と一気にフランさんの唇へと自分の唇を近づけて行く。
「フラン様、お迎えにあがりました」
チュッ。
「な…………なななななななっ!?貴方今わたくしに何をしししししようとっ!?」
しかし絶妙なタイミングでドミナリア家のメイドがフランさんを出迎えに来た事を知らせ、それに反応してフランさんが顔を声のした方向へ向けてしまったせいで唇ではなく頬へのキスとなってしまったが、フランさんのこの表情を見るとどうやら頬でも充分過ぎるほど、フランさんには刺激が強過ぎたみたいである。
このフランさんの反応なら一応当初の、フランさんの心に楔を打ち付けるというミッションは成功したと見て良いだろう。
「もちろんお別れのキスをぺゲッ!?」
「貴様、私のフランお嬢様に何をしようとしたっ!?私だってまだなのにっ!!ほっぺにキスすらまだなのに羨ましいっ!あぁあぁあああぁっ!可哀想なフランお嬢様っ!今私がフランお嬢様のほっぺを消毒してあげますっ!!ん〜〜」
「こらっ!メイっ!何わたくしにキスをしようとしてますのっ!?それにそこはほっぺではなくて唇ですわっ!わたくしなら大丈夫だから止めなさいっ!」
◆
「ようやくお目覚めですか、アレックス団長?」
「あれ?何でヒルデガルドがここに居るんだ?それに俺はフランさんの頬にキスをした所で……痛っ!?」
次の瞬間俺は馬車の中に居た。
どうやら俺は馬車の中で寝ていた様だが、フランさんの頬へキスをしたところから何も覚えていない。
それこそどうやって別れて馬車に乗ったのか記憶がゴッソリと無くなってしまっている様だ。
そしてそれと同時に何故か全身を打ち付けた様な痛みが身体を襲って来る。
「ねぇアレックス団長?」
「ん?なんだ?ヒルデガルド。俺は今消えた記憶を思い出す事で忙しいんだ」
帰り際に次の約束などしていてそれをすっぽかしてしまった場合、忘れていましたじゃぁ通用しないからな。
ここはしっかりと思い出したいところである。
「大丈夫です。簡単な質問ですから。私は先程アレックス団長はまだ成人したばかりの貴族の娘の頬にキスをしたと喋った様に聞こえたのですが?」
「あぁ、その事か。それはだな、この女を落とす必殺という本にだな『別れ際にいきなりキスをすると効果は抜群っ!』と書いていたから実践しようとしたんだがタイミング悪くフランさんがメイドに呼ばれて、その呼ばれた方向を向いてしまったせいで唇ではなく頬になってしまったのだが、あのフランさんの初々しい反応を見るに成功と言えよう。しかし、何故君がここにいるんだ?まだここは外の景色を見るに帝国帝都付近だと思うのだが?」
今思い出してもあの時のフランさんは実に可愛かったと、俺の脳内にいつでも思い出せる様に永久保存している。
しかしながら帝国へは俺一人で来ていたはずなのに何故ここにヒルデガルドがいるのかいささか疑問ではある。
まぁ彼女はそれができるからこそ女性でありながら帝国騎士団副団長となれたのだが、知りたいのは来た方法ではなく来た理由である。
「あぁ、団長が倒れたという緊急メッセージが来ましたので私のスキル、マーキングとストーキングを使ってここまで来ました。それよりも団長?あの時私にプロポーズしてくれたのにも関わらず舌の根が乾かぬうちに浮気ですかっ!?しかもその本人を目の前でこないだから堂々とっ!?私との関係は単なる遊びだったんですかっ!?なんか言ったらどうなんですかっ!?」
「ちょっと待てヒルデガルドっ!一体何の事だっ!?」
41部名推理の誤字脱字、言い回しなどを修正及び変更致しました。




