頭に入っているとは言っていない
「お、お母様………っ!」
母親の愛情の大きさに思わず泣きそうになるのをぐっと堪える。
どの世界でも母は偉大であったのだ。
「フランさんは昔っからどんくさいというか詰が甘いというか。いつも『こんな娘では貴族の荒波に揉まれ喰い殺されるのでは?』と心配で心配で仕方なかったのですよ。そもそもです。奴隷商人であったジュレミを隷属し、更には奴隷も定期的に大量に仕入れ、チョコレートから始まり銃等の巨大事業を始め、定期的に家を空ける様な事をしていて気づかない方がおかしいのですわ。そもそも婚姻前の年頃の娘が度々どこかへ泊りに行っている事をわたくしが見て見ぬフリをしている時点で何故察する事が出来ないのか。フランさんはそもそも昔っから────」
そしてどの世界でも母親の説教は長く、会話が二周目に入ったと感じた瞬間わたくしはお母様の有難いお言葉を左耳から右耳へ受け流し始めた。
窓から見える庭へ目を向ければ小鳥たちが芝生の上をちょこちょこと跳ねながら歩き、何かを啄ばんでいるのが見える。
小鳥たちからすれば人間のする事等、それが戦争だろうと、美しい娘が母親に叱られている事だろうとどうでも良く今日も日常が流れているのであろう。
その小鳥たちの日常を見ていると何だか心が癒されますわぁ。
「聞いておりますのっ!?フランさんっ!!」
「ひゃ、ひゃいっ!勿論聞いておりますわっ!!小鳥たちが可愛いだとかストレスが無さそうで羨ましいですとか微塵も思っておりませんわっ!!」
そんな時いきなりお母様に名前を呼ばれてお母様の言葉を聞いているのかと問われた為わたくしは正直に聞いている(頭に入っているとは言っていない)と答えたのにも関わらず、わたくしのお母様は額に青筋がビキビキという音が聞こえそうな程浮き出ているのは何故なのか。
「良いでしょう、後で追加で説教が必要なようですわね。覚悟するようにフランさん」
何故だ、解せぬ。
「ではもう一度話しますわ。わたくし達は貴族至上主義とは表立って公言しておりますが、実際は庶民も人間であると理解しておりますのよ。貴方の兄はその事に早くから気付けていたのですけれども」
………はえ?
「そもそも、貴族至上主義と言っておきながら何故平民のメイドを雇っているのか、その部分は何も思わなかったのですか?貴族至上主義というのであれば男爵や準貴族の娘をメイドにすればよろしいのでは?とは疑問に思わなかったのですか?フランさん」
………………………………………ちょ、まて……っ!
「それに、メイド達の名前を呼ばないだけで、全て名前は把握しておりますのよ?」
そしてお母様はまるでドッキリが成功したかのような表情を、バッと扇子を広げ隠すが、目元が笑っている事を隠せていない。
何たる屈辱であるか。
「わたくし『使用人の名前を憶えていない』等とは一回も仰っておりませんわ。勝手にフランさんが勘違いしただけです。メイドと言えども雇用している訳ですから一人一人しっかりとお給金を支払わなければなりませんし、もしそこで不備がありお給金をお支払いできなかった者が他の貴族へリークしようものなら『ドミナリア家は使用人へ給料を上げるお金も無い』などという噂を流される可能性だってゼロではございません。貴族社会とはそういうものですわ。その為しっかりと管理するには雇った使用人全て、顔も名前も憶えているのは当たり前ではなくて?」
「ぐぬぬぬぬぬっ!!」
そしてわたくしはセバスへ視線を向けると────
「はい、把握しておりました。しかしその事を、ドミナリア家の違和感を把握できたのはフランお嬢様のお陰でございます。なので我が主はフランお嬢様にかわりはありません」
────そんな事をぬけぬけと言うではないか。
わたくしを主と言うのであれば何故今まで黙っていたのかと、後で問い詰める必要があると胸に刻み込むのであった。
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