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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第7章 (ライザ 鐘後216年2月)

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071 訌争

「おいおいおいおい」

「遅かったか……」


 カロンの上擦うわずった声に、セルジュの失意に塗れた呟きが重なる。


「ひっどいなぁ」

「一刻も早く、止めませんと」


 シングの嫌悪感に満ちた嘆きに、城壁に鋭い眼光を飛ばしながらレモーラが応じる。


「どうなさいますか、姫様」

「細かい作戦は、立てるだけ無駄だろう……街に入った後は、手段を選ばずオーゼロフの居場所について情報を探る。生きている内に身柄を保護できれば、こちらの勝ちだ」


 他の面子への指示も兼ねて、私はディスターの問いに答える。

 夜明けを迎えたばかりのクリョノでは、各所から喧騒と黒煙が巻き起こっていた。

 街の正門周辺の城壁には、首にロープをかけて吊るされた死体が十数。

 三チョウ(三百メートル)ほどの距離があるので、死者の細かい服装や人相はわからないが、とにかく尋常でない事態が進行しているのは確実だ。


「敵味方の判別は?」

「そんな余裕もないだろう。武装した連中の戦闘能力を剥奪はくだつしつつ、なるべく殺さない方向性で対処してくれ」

「心得ました」


 セルジュからの確認に、我ながら雑だと思いながら真顔で応じる。

 混乱した状況に飲み込まれないためには、まずシンプルな基準を作ってしまって、以降はそれに従うのが一番手軽でブレがない。

 基準が狂っていた場合は悲劇を招きもするが、今回はそんな心配もないだろう。


「騒乱の規模からして、不慮の事故もありそうですわ。単独行動は避けた方がいいのではなくて?」

「確かに……街に入ったら三人で二手か、二人で三手に分かれて行動しよう」


 レモーラからの提案を承諾すると、他の四人も頷き返してくる。

 とりあえず、これで大雑把な方針は固まった。

 あとはディスターが言っていた通り、最悪を避けることを目指して行動するしかない。


「住民も、だいぶ取り残されてるだろうな」

「早々に事態を解決しないと、いらぬ犠牲が出そうだ」


 壁の外に溢れ出た、混乱と不安の極みにある街の人々の姿を見ながら言うカロンに、胃の痛くなる予想で応じる。

 人混みを縫うようにして正門前まで辿り着くと、見覚えのある制服の一団が現場を取り仕切っていた。

 やはり、討訝志士団とうげんししだんが騒ぎの中心で間違いないようだ。


「現在、我々が叛徒鎮圧に当たっている! 市内への立ち入りはまかりならん!」

「しかし、こちらにも任務が……」

「貴公らの所属と目的が不明瞭だ! 理由はどうあれ許可はできん!」


 近隣から駆け付けたらしい警邏兵の小部隊が、抜き身のサーベルを手にした指揮官らしい男との押し問答を繰り広げている。

その指揮官の背後では、使い慣れていなそうな長柄ながえの武器を手にした団員たちが、強張こわばった表情で門を塞いでいた。


「強行突破、でいいですわね?」

「あぁ、いや……一応、交渉は試みよう。こっちが誰かを知っている者がいたならば、穏当に片付くかもしれない」


 焦る気持ちもあって、レモーラからのダイナミックな進言に即答しかけるが、ギリギリのところで良識がブレーキをかける。

 通せ、通せないのやりとりが続いているところに、私はレモーラと共に進み出た。

 求綻者であることより、王族の立場を前面に出した方が効果が高そうだ。

 そう判断した私は、領主である兄の名を出してみる。


「私はエリザベート・ド・レウスティ! クリョノで反乱が起きたとの報を受け、領主である兄ベルナールの命により――」

「おっ、王族をかた不埒者ふらちものだっ! 拘束しろっ!」


 私を知っている者はいたようだが、期待とは逆方向の効果を発揮してしまったようだ。

 制服の上にブリガンダインを着込んだ、もう一人の幹部らしい男が叫ぶ。

 末端の連中はともかく、討訝志士団の上層はかなり腹をくくっている様子だ。

 状況を把握して小さく舌打ちした私に、レモーラは僅かにかげりのある微笑みを向けて言う。


「強行突破、しますわよ?」

「そうだな……もう、それしかないようだ」


 私も覚悟を決めて、長剣を素早く抜く。

 この動作だけで、他の四人もここからの展開を察してくれるだろう。

 レモーラは背中の戦斧を構えもせずに、槍を手にドタドタと駆け寄ってきた団員二人を立て続けに殴り飛ばす。

 腰の引けている素人同然の相手とはいえ、拍手を送りたくなる鮮やかさだ。


「くっ、こいつらは叛徒の一味だ! 速やかに処理しろ!」

「処理ときたか」


 その物言いに、人を人とも思わない傲慢ごうまんを感じ取る。

 もしかすると、そんな風に割り切らなければ流血沙汰に対応できない、とかそんな事情があってのことなのか。

 ともあれ、こちらを害そうとする相手の内心を斟酌しんしゃくしてやる余裕はない。

 先着して揉めていた警邏兵も巻き込んで、二十数名の志士団員との乱戦が開始された。


「だらぁあああっ!」

「遅いっ!」


 喚きながら槍を突き出してくる同年代と思しき少年団員に、短く怒鳴り返しながら長剣を振るう。

 木製の柄を半ばで斬り落とし、勢い余って突っ込んできた相手の脇腹を蹴って転がす。

 倒れた少年を踏み越えた先には、だらしない体格の男がサーベルを構えていた。

 剣術の心得がそれなりにあるのか、見た目に似合わず隙のない立ち姿を見せている。

 だが刃を交える前に、その肩に不意に短い矢が突き立った。

 

「うがっ――ぉああああああ、あぅ」


 小型のクロスボウを得物にしている、シングからのアシストだろう。

 喚くデブのこめかみを柄頭で殴って昏倒させ、次の敵を求めて視界を巡らせる。

 しかし、主にディスターとレモーラが圧倒的な速度で戦闘不能の山を築いていたようで、残っているのは既に指揮官を含めた数人だけだ。

 どこぞに逃げたのか乱戦の中で倒れたのか、ブリガンダインを着た男の姿は見えない。

 

「なっ、何をしているのだっ! 数ではこちらが圧倒していたのにっ!」

「過去形になってるぞ」


 ヒステリックに吼える指揮官に、カロンが後ろから呆れ気味な口調で返す。

 いつの間にか背後をとられていたことに狼狽しながらも、どうにか体勢を立て直して反撃に転じようとした辺り、戦闘に関しては素人ではなかったのだろう。

 だが、背後を取られたことに焦って再び背中をガラ空きにするようでは、何にせよ話にならない。


「これで詰みだ。無駄死にして忠義をまっとうするか?」

「ぐっ……ふぅううううう……」


 一気に距離を詰めたセルジュから首筋に刃を当てられ、指揮官は食い縛った歯の間から荒い息を吐きつつ、無念の表情でサーベルを地面に突き刺す。

 残っていた数名の団員たちも、それを見て抗戦の意思をくじかれたようで、戦闘は瞬く間に終結した。

 志士団は生死不明の壊滅状態で、警邏兵側にも何人か負傷者が出たようだが、こちらは全員が無傷だ。


「副総帥――オーゼロフはどこだ」

「知らぬ。我々が命じられたのは『正門を死守せよ』ということだけだ」

「守れてないじゃん。この騒動がどうなっても、どうせアンタは処刑されるぜ? 勝てばここの失陥の罰、負ければ反乱に参加した罪で。だったら、情報の一つも提供した方が賢いんじゃないか」


 私の質問をハネつけた指揮官に、シングが悪い顔で語りかける。

 自分の置かれた状況を把握したのか、指揮官は目を見開いて何かを言おうとするが、すぐに項垂うなだれて黙り込んでしまった。

 これは恐らく、本当にオーゼロフの居場所を知らないのだろう。

 門の外の諸々は警邏兵に任せて、私達は壁の内部へと踏み込むことにした。

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