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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第7章 (ライザ 鐘後216年2月)

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070 壅塞

「ふわぁあ、あ……しかし、クリョノを選ぶとはな。まるで予想外の場所だ」

「王家の御膝元おひざもとだし、逆に騒動を起こしづらいと考えたんじゃねえのか」

「今までの流れからすると、どこだろうとお構いなしで仕掛けてきそうだが」

「オーゼロフ側としても、まさかロベールがここまでオカシくなってるとは、流石に予想できんだろうよ」


 欠伸を噛み殺しながらの私の発言に、同じく眠そうな目をしたカロンが応じる。

 私達はディスターが御者を務める馬車に揺られながら、オーゼロフ一行の逗留場所と判明したクリョノに向かっていた。

 深夜の急報で起こされ、それから慌しく準備をして出立する流れだったから、寝不足が顕著で頭が重い。

 後ろを走るもう一台にはレモーラとシングが乗り込んでいて、情報を持ち帰った当人であるセルジュが手綱を握っている。


 クリョノは、首都リュタシアの北方十一リュウ(四十四キロ)ほどの場所に位置する古い街で、その市域は大鐘声後の混乱期に築かれた城壁に囲まれている。

 整備された街道が通っていて、リュタシアから馬車を使えば急ぎで二時間、普通のペースでも三時間もあれば着く距離だ。

 レウスティ建国当時から王族の直轄地で、現在の領主は兄である第二王子ベルナール。

 もっとも領主というのも名目だけで、城館で暮らしているわけでもないのだが。


「間に合うか」

「どうだかな。俺らが辿り着いた時点で終わってるとなると、オーゼロフの腹心に裏切り者がいるレベルだ。そんなん対処できねぇ」

「そうか……そうだな」


 焦っても仕方ないと、頭ではわかっている。

 わかってはいるが、考え得る最悪の状況が脳内で次々に展開されてしまう。

 ロベールが現状を把握していない可能性を考え、目立たぬよう秘密裏に行動していることも、焦燥感に拍車をかけている。

 しかし私が極力自重しておかなければ、火のない所に煙を立てるどころか水の中でも大爆発を起こす性格のレモーラが、必要以上の騒動を巻き起こすだろう。


 討訝志士団とうげんししだん抗訝協会こうげんきょうかいの散発的な小競り合いは三日目に入り、リュタシアの不穏な空気はその濃度を増していた。

 王都の治安維持を預かる警護司令シュローダー伯爵は、今回の件を協会内部の権力闘争の一環と看做みなしたようで、警邏兵けいらへいによる巡回や警告は強化しているものの、騒動に直接介入することは避けている。


「回りくどい手続きは避けて、早々に私とレモーラの名前を出してオーゼロフに面会を申し入れ、手短に事情を伝えるべきか」

「そこらが順当じゃねぇかな。ただ、警戒しすぎて全ての接触を拒絶してるような、そんな状態になってなければいいが」


 眠気が残っているせいか、名案や妙案と呼べるようなアイデアは、私からもカロンからも出てくる気配がない。

 クリョノへの中間点に位置するオーザ川も越えていないし、到着にはまだ時間がかかりそうだから、少し仮眠を入れておこうか――と考えたところで、ディスターからの思念が頭に流れ込んできた。


『この先、橋の手前に篝火かがりびが見えます。街道上にはバリケードらしき障害物があり、その周辺には十名ほどの姿が』

「ん、盗賊……なら火は焚かないか。こちらの動きが察知されている?」

『それはないと思われます。おそらくは検問のたぐいではないかと』

「検問か。このタイミングでリュシティアから来る者を止めるとなると、クリョノで既に何か起きているか、これから起こそうとしているか、だな」

『はい』


 カロンにも伝わるよう言葉にしながら答えると、ディスターから同意が返ってくる。

 検問を行っているのが討訝志士団ならば、強行突破してしまっても問題はない。

 しかし、相手が警邏兵や協会の傭兵だと、事情の説明が必要になりそうだ。

 やがて馬車は徐々に減速し、同時に人の声と動き回る気配が外から流れ込んできた。

 腰に下げた二本の短刀を素早く引き抜いてから鞘に戻す、準備運動的なことをしているカロンに一声かけておく。


「なるべく穏当にな、カロン」

「俺よりも、あっちの姫さんに釘を刺しておいた方がよくないか」

「レモーラは、どんな釘も刺さらない特異体質だ」


 苦笑混じりに応じていると、馬のいななききと共に馬車が停止した。

 そして、ディスターに呼びかけているらしい男の声が聞こえてくる。

権高な物言いは妙に芝居がかっていて、そこには隠し切れない緊張が混ざりこんでいる様子だ。


「現在、クリョノへの通行は許可されていない。速やかに引き返せ」

「どなたの権限による通行止めでしょう」

「……治安維持のための措置だ。クリョノ行きは許可できない」


 ディスターの問いを無視し、相手は一方的に退去だけを求めてくる。

 このままだと、一悶着ひともんちゃくが避けられそうもない。

 そう判断した私は、カロンと共に馬車から降りて交渉に加わることにした。

 ディスターから説明された通り、街道沿いにいくつか篝火が焚かれ、その先の橋は何重ものバリケードで封鎖されていて、周辺には武装した人影が複数見える。

 統一されていない装備や服装からして、警邏兵や志士団員ではないようだが。


「すまんが、事情を説明してもらえるか。私は――」

「誰であろうと、通行は許可できない! 立ち去れ!」


 名乗る隙も与えられず、大声で居丈高いたけだかに対話を拒否された。

 圧力を強めようというのか、遠巻きにしていた連中も距離を縮めてきている。

 まさしく問答無用な雰囲気だが、どうしたものだろうか。

 この調子では、私が誰だか告げたとしても。確認が取れないだの何だのと言われ、延々と足止めされるかもしれない。


 どう話を進めようかと頭を悩ませていると、騒々しい金属音がプラチナブロンドの髪をなびかせ、悠然と私とカロンの間を通り過ぎて行った。

 纏っているドレスのような鎧はかなりの重量があるはずなのに、そんなことをまるで感じさせない速度で駆けるレモーラは、道を塞いでいた男の胸板を蹴り飛ばした。

もはや定番となった滅茶苦茶な展開に、私は溜息を吐くくらいしかできない。


「ぅあがっ――」


 フワッと宙を舞わされた男の体は、背後のバリケードに華々しく激突し、半端な悲鳴を漏らした後に停止する。

 周囲のざわめきの中に、絢爛姫けんらんひめという単語が混ざり始める。

 行動もルックスも悪目立ちぶりが突き抜けているレモーラだが、こういう場合には意外と役に立ってくれるようだ。


「そうだ。知っての通り、彼女はレモーラ・ド・アレアゼ。特命によりクリョノに向かっている最中だ。それを止めるということは、それなりの覚悟があるのだろうな?」

「今なら不問に付す。バリケードを除去し、道をあけろ!」


 カロンからの脅迫に続き、私も高圧的に命令を下す。

 多少の迷いはあったようだが、抵抗したところで強行突破を防げないと判断したのか、リーダーらしい髭面の男がバリケードの移動を指示し始めた。

 撤去作業を待つ間に、どういう経緯でこんなことをしていたのかを問い詰めてみたが、何やら予期せぬ答えが返ってくる。


「とにかく、この橋を二日の間だけ封鎖して誰も通すな、って依頼だった……手付けだけでも結構な金額が用意されてたし、成功報酬はウチの稼ぎ三月みつき分とどっこいの気前の良さだ。断る理由はねぇよ」

「依頼主は」

「話を持ってきたのは、顔馴染みの同業……小規模な傭兵団のかしらだ。そいつはクリョノの北で、俺らと似たようなことをしてるハズだ」


 どこからの依頼かはすぐに訊き出せなそうだったが、この粗い感じからしてロベールらの仕掛けなのは間違いないだろう。

 悪びれる様子もなくペラペラと喋る髭面に苛立ち、軽めの皮肉をぶつけてみる。


「こんな真似をして、王国軍や警邏隊が出てきたらどうするつもりだったのだ。流石にただでは済まぬとわかるだろうに」

「そんな時ゃ、一目散に逃げるに決まってんだろ」

「……なるほど、な」


 どうやら、こいつらには義理も矜持も何もないらしい。

 後々でロベールの罪を鳴らす際に証人に使えるかも、と判断してディスターに髭面男の拘束を命じる。

 手下の傭兵達は、全員連行するのも面倒なので放って置く。

 捕縛されるのが嫌なら、どこへなりと勝手に逃げるだろう。


「無駄な時間を使わされた。少し急ぐとしよう」

「そうですわね。セルジュにもそう伝えましょう」


 レモーラはそう言うと、手足を縛られた状態の髭面を抱えて馬車に乗り込む。

 そういえばシングが顔を出さないままだったが、まさかあいつはこの騒ぎの中でも寝続けていたのだろうか。

 速度を上げた馬車は、さっきまでとは比べ物にならない乗り心地の悪さを発揮する。


「終わってないにしても、始まってるかもな」

「その可能性が高そうだ」


 振動が不愉快なのか、眉根を寄せながら言うカロンに、憂鬱な気分で同意を返す。

 何が起きているにしても、なるべく常識の範囲内で頼みたい。

 そう思わずにいられない私だったが、そんなささやかな願いは朝日に照らされたクリョノの城壁を目にした瞬間、粉々に砕かれることとなった。

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