066 糾察
「二つ隣の部屋で控えている」
そう言い残して立ち去ったカロンに案内されたのは、用途のよくわからない小部屋だった。
低いテーブルを挟んで、二脚の長椅子が置いてある。
入口の左右と正面の壁面には書架らしき棚が並んでいるが、そこに書物は殆どなく代わりに木箱が大量に積んであった。
一辺が一シャク(三十センチ)程で、着色はされていない。
中身が気になるが、そんなことより今はロベールから話を引き出さねば。
「回りくどい駆け引きは苦手なので、単刀直入に訊いてしまいますが……どういうつもりなんです?」
「曖昧にすぎる切り口だな。何についての質問かね」
「この時点での、あなたの真意について」
「うん? 哲学的な会話は苦手なんだが」
ロベールは娘のワガママに振り回される父親のように、眉尻を下げた困り顔を浮かべてアゴを撫でる。
こちらは全てを承知している、的な態度でぶつかってみるハッタリには失敗したようだ。
話の持って行き方を軌道修正する必要があるな――わざとらしい咳払いを二度繰り返した後、私は身を乗り出してテーブルに肘を乗せる。
「第三管区長でありながら、抗訝協会への反逆を企図しているかに思える、現在のあなたの行動に関しての話です」
「ほぅ……求綻者目線からだと、そう見えるのかね」
標的を絞ってのハッタリに変更してみると、さっきよりは多少手応えのある言葉が返ってきた。
しかし、余裕たっぷりな態度にヒビを入れるまでには至らない。
なのでここは、否定しようのない事実を並べてみることにしよう。
「消えた大金の行方、訝の捏造に加担、求綻者の死と失踪への関与、そしてその疑惑を調査していた監査官の襲撃……既に言い訳の利かないレベルですが」
「仮にそれらが全て事実として、だ。反逆というのは飛躍があるのでは?」
「そうとでも考えねば不合理に過ぎるから、ですよ。違法行為に手を染めながら隠蔽は中途半端で、自身への不信や疑念を封じようとする気配すらない。となれば、目的のための行動ではなく行動のための行動、つまりは示威行動の一種ではないかと判断するのが自然でしょう」
「なるほど……興味深い意見だな」
ロベールは私の言葉を否定も肯定もせず、皮肉っぽい笑みを薄く浮かべる。
まだまだ余裕の表情を崩せそうもない。
ならば、討訝志士団を使ってのドゥーミ襲撃の件を持ち出してみるか。
そんな風に次の一手を検討していると、ロベールが不意に真顔を作って言う。
「なぁ、エリザベート……今の抗訝協会をどう思っている?」
「思うところは色々とありますが、まずは第三管区の問題を早急に解決するべきかと」
「ふふ、随分と遠慮のない娘に育ったな」
「淑やかで奥床しい性格のままでは、新生物を相手に長剣など振るっていられませんので」
こちらの返しに肩をすくめたロベールだが、すぐに姿勢を正して話を続ける。
「協会は、あるべき姿を取り戻す時期に来ている、と考えている」
「それは……内部改革が必要、といった話でしょうか」
「改めるのではなく、戻すのだ。協会の存在を第一に運営されるのではなく、求綻を唯一の目的として動く組織へと、な。公平性や透明性や安全性は大事だが、それに拘泥していてはより大事なものを見失う」
ロベールの言うことには、頷ける部分もある。
個人的な体験を思い返すだけでも、去年の『コロナの怪物』の件を筆頭に、協会への不信感を募らせる要素には事欠かない。
協会には潤沢な資金があるはずなのに、低ランク求綻者への活動費の支給を渋り、解訝報酬がなければ生活苦に陥るようにしているのも、納得行かない点の一つだ。
求綻者の質は下がり数も減っているのに、こんなことをしていては志望者は更に減るし、事故は更に増える。
「仰ることは御立派ですが……あなたの行動とはかなり矛盾がありますね」
「事象だけに目を向けていれば、本質を見誤る。何が起きているかわからないのならば、一求綻者の立場を弁えて全てを傍観しろ」
「透徹視のフェリアは、傍観者ではなく参加者になったのですか」
ロベールに揺さぶりをかけようと、自分の中でも固まりきっていない『フェリアの失踪は彼女の意思によるものではないか』との疑惑をぶつけてみる。
解釈の難しい歪んだ表情を微かに閃かせたロベールだが、それ以上は食い下がる隙を与えてくれず、素早く席を立って足早に部屋を出た。
閉ざされた扉を見つめながら、私はこの短い会談の内容について考える。
自身に向けられた疑惑についての否定はないが、関与しているとの言質も取れていない。
協会を変えようとしているらしいが、その方法も方向も不透明。
尤もらしいことを並べてはいたが、具体的に何をどうするのか、どうしたいのかはまるで見えてこない。
ここまで得体の知れない男だったとは、ロベールへの評価は改める必要がありそうだ。
本人に当たってもここまで成果がないとなると、討訝志士団の幹部やアレクシアから情報を引き出すことを検討すべきか。
何はともあれ、とりあえずの用件は終了した。
空虚なパーティからは、早々に退散させてもらうとしよう。
その前に、ちょっと気になっていた木箱を確認してみる。
「カラッポ、か……」
三つを調べてみたが、中身は全て空だった。
他にもいくつか、持ち上げたり振ってみたりしたが、中身が入っている気配はない。
ロベールとの対話で味わった手応えのなさ、それを更に濃厚にされたような気分で、部屋を出ようとノブに手を伸ばす。
そこで、扉の隙間に紙片が差し込んであるのに気付いた。
「ん?」
引き抜いて、二つ折りにされたそれを開く。
差出人はなく、記された文面は極めてシンプルだ。
『真実を求めるならば裏門へ』
このタイミングで、この内容。
八割、いや九割は罠と見るべきだろう。
しかし事態解決の糸口を掴みかねてる現状では、これがロベールの計略だとしても、全く別の相手からのアプローチだとしても、無視するという選択肢はありえない。
差出人は、中々に狡猾なようだ。
「武装が心許ないが……まぁ、何とかなるか」
独り言ちながら、右脚に括り付けたナイフの鞘をドレスの上から撫でる。
まさか、こんな格好で長剣を担いでくるわけにもいかない。
カロンもいるし、そうそう危険はないだろう――そう結論を出しながら部屋を出た。
しかし、待機しているはずの部屋にカロンの姿はない。
口は悪いが仕事は完璧にこなす男が、無断で持ち場を離れるとはおかしな話だ。
「これも、仕掛けの一環か……?」
不吉な予感を感じつつも、ここで逃げても仕方ない。
カロンが戻って来たら察せるように件のメモをその場に残し、私は単独で裏門の方へと周ることにした。




