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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第7章 (ライザ 鐘後216年2月)

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063 湮滅

「何事だ」

「玄関先に、討訝志士団とうげんししだんを名乗るのが四人。訊きたいことがあるから入れろ、ってメイド相手に騒いでる」


 こちらから接触すれば、ロベール側から何かしらの反応があるとは思っていた。

 しかし想像以上に早い――早すぎる。

 ドゥーミを見れば、回復しかけていた顔色がまた気の毒な色合いに転じつつある。


「他の家人はどうしている?」

「妻と子供達は……弟の、義弟の家に」


 義弟の家とやらが安全かどうかは不明瞭だが、とりあえずこの場で起きるであろう騒ぎに巻き込まずには済んだか。

 そう判断して腰を上げると、衝撃音と同時に女の悲鳴が短く響いた。

 強引に押し入ってくるか――話が通じなそうな連中を相手にする予感に舌打ちしつつ、私は招かれざる客の対応に向かう。


 揃いの格好で身を固めた四人の若い男が、私の姿を認めて一斉に動きを止める。

 濃い灰色の上下は、養成所センターの訓練生が支給される戦闘服に似たデザイン。

 全員が腰に下げている武器は、鞘の形状からしてサーベルだろうか。

 最近、連絡所などで時々見かけることがあるスタイルだったが、流行しているのではなく討訝志士団の制服だったのか。

 そんなことを考えていると、リーダーらしき男が気取った調子で話しかけてきた。


「おや、ドゥーミ殿に取り次ぎを頼んだのに、また別の方ですか」

生憎あいにくだが、ここの家主はゴロツキ共に用はないそうだ」

「我々が何者か、理解していての発言ならば――」

「ロベールの飼い犬だろう。随分としつけがなっていないようだが」


 尊大な物言いをさえぎって吐き捨てると、澄ました顔がわかりやすく歪む。

 プライドをいたく傷つけた模様だが、床に倒れているメイドの姿を見れば、自然とこちらの態度も雑になる。

 イネスに抱き起こされた彼女は、涙を浮かべて震えている――目立った怪我はないようだが、唐突な暴力に混乱している様子だ。


「……どこの指示で動いている?」

「私は私の考えに従っている。お前ら馬鹿犬と一緒にしないでくれるか」

「ほほう」

「ぅあ、マズいです、それはマズいです! この女、いやこの人はぁがっ、かっ」


 私が誰なのか気付いたらしい奴が、剣呑けんのんな雰囲気を醸し出すリーダーの肩を掴んで制止しようとしたが、顔面にヒジを叩き込まれて振り払われる。

 鼻血を吹いて引っ繰り返る部下に一瞥いちべつもくれず、双眸そうぼうに凶暴性をみなぎらせたリーダーは、右手を柄にかけると派手な動作でサーベルを抜いた。


「女だてらに、度胸だけは褒めてやどぅまっ――」


 何かを言いかけていたが、聞く価値はないと即断。

 無言で距離を詰めて相手の左側頭部に右足の甲を叩き込み、速やかに活動を停止させた。


「荒事は、アタシの担当じゃないんだけど、ねっ」


 こちらの動きに呼応したイネスは、ボヤキながら棒立ち状態になっていた団員にスッと近付くと、アゴを掌底でカチ上げる。

 そして、背を向けて逃げようとしたもう一人を追いかけると、見た目に似合わないドスの効いた気合の声と共に容赦なく蹴り飛ばした。

 頭から壁に突っ込んだそいつは、同僚達から少しだけ遅れて意識を失った。

 

「身のこなしからして、大したことないだろうとは思ったが……」

「想像以上にザコだったなぁ。こんなん集めてどうしたいんだか」


 私が溜息交じりに言うと、倒れた連中を拘束していたイネスが当然の疑問を口にする。

 ここで遭遇した連中が、討訝志士団の中でどの程度の位置付けになっているのかはわからない。

 しかしながら、リーダー格の奴は態度からしてそれなりの立場だろう。

 だとすると極端な人材難なのか、或いは戦闘力が要求されない組織なのか。

 その辺りの事情について、当事者であるこいつらが把握していると話は早いのだが。


「さて、と。ここを出る支度をするよう、ドゥーミとメイドに伝えて。私は、こっちで情報収集をしておくから」

「了解したよ」


 拘束作業を終えたイネスは、オロオロし続けているメイドの手を引いて、応接室の方へと姿を消した。

 それを視界の端で見送りながら、転がっている連中の中では一番話が通じそうな、リーダーからヒジ打ちを食らっていた団員を揺り起こす。


「う……ふぁあ! あ、いやっ、あの」

「落ち着け。こちらの質問に答えれば、全員を解放してやらんこともない」


 確約は避ける言い方で告げるが、鼻血を垂らした男はガクガクと首を縦に振る。

 間近で見てみれば私と同年代らしく、顔つきには若さというより幼さが残っていた。


「この家に来た理由は?」

「監視役から、二人連れの客が来たって連絡があって……誰かが訪ねてきたら、そいつとドゥーミをまとめて連行しろ、って話だったから」

「どこに連れて来るように命令された」

「だ、団の……駐屯所」

「どこにある」

「将軍像広場の、西。や、宿屋街の大通りに面した――」


 私の矢継ぎ早の質問に対し、少年は必死になって応じる。

 要領の悪い説明ばかりだったが、いくつかの証言は確保できた。

 討訝志士団は、抗訝協会にとって害悪と認定した人物を監視し、時には考えを改めるように『説得』を行う。

 求綻者に有形無形の援助を送り、協会の頭越しにロベールとの関係を構築する。

 多少の金銭を渡しつつ、因果を含めてリュタシアの一般市民を監視役へと仕立て上げ、主に協会関係者の動向を報告させている――等々。


 基本的には、ロベールの協会内での権力拡大志向を窺わせる情報ばかりだ。

 求綻者への接触もその一環なのだろうが、カロンの報告にあった『第三管区内で求綻者の死亡と失踪が増えている』という話との関連が気になる。

 なので一応、その辺の事情についても何か知らないか問い質してみた。


「そっちは、た、担当が違う……と、思う。誰がやってるのかとかも、ちょっと……」

「ふむ。噂レベルでもいいが、何かないか」

「ええっと……あ、関係あるかどうか、わかんないんですけど」

「言うだけ言ってみろ」

「い、異名持ちが一人、行方不明になってるって話が」

「初耳だな。誰が消えた?」

「フェリア……『透徹視せんりがん』のフェリア」


 傑士けっしフェリア・ブニュエル――異名『透徹視せんりがん』。

 数少ない現役の異名持ちの一人で、名前の由来は半リュウ(約二キロ)先の敵を目視せずに弓矢で射抜いたとか、深夜に明かりのない室内で十人ほどに囲まれた際に全員の首を刎ねて撃退したとか、凄まじい説が色々とあるが正確なところはわからない。

 最近はこれといった活躍を聞かなかったが、よもやこんな形で噂を耳にするとは。

 真実にしても誤報にしても、何故ここにフェリアが関係してくるのか。


「姫様。こっちの準備、終わったよ」


 様々な可能性について検討していると、イネスから声をかけられた。

 何はともあれ、まずは現在進行形のゴタゴタを収集する必要がある。


「ドゥーミとその家族をどうするか……かくまう場所を考えねばな」

「姫様の館でいいんじゃない?」


 考えなしに発言した様子のイネスだったが、ロベールでも軽々しくは手を出せない、という意味では案外悪くない選択肢に思えた。

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