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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第7章 (ライザ 鐘後216年2月)

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061 密偵

今回から新章の開始です。

時間が飛んでいる(前回の更新から半年も経ってるとかそういうコトではなく、作中の時間設定が)のでご注意を。

状況としては第3章の後になります。

 とある日の夕刻、レウスティ連合王国の首都リュタシア。

 その市域の外れにある、地方領主の所有している別邸やそれなりに成功した商人の邸宅などが並ぶ、じょう流階級いった人々が住まう一角。

 そこに目立たず建っている、周囲と比べるとややコンパクトな感がある屋敷の一室で、私は五人の男女と共に会合を開いていた。


「では、セルジュ。報告を頼む」

「おう」


 父である王から与えられたこの屋敷の主であり、他の面子の雇い主でもある私の言葉に、セルジュは短く返事をする。

 容貌も体格もこれといった印象を残さない、三十前後の地味な男であるセルジュ・クレマンだが、頭の回転の速さと身体能力の高さは、私が知る中でも有数だ。

 かつては私の護衛役として父に雇われていた人物だが、求綻者となって以降は情報収集を主な任務とする配下として個人的に雇っている。


「姫様の懸念していた通りだな。調べれば調べるほど、疑わしさと怪しさが増していく。それなのに、確実な証拠を掴もうとすると、ある一線から先には行けない。かなり手強いかもしれんぞ、ロベール・ド・レウスティって御仁は」

「痩せても枯れても腐っても王族、か……」

「王族って身分と、抗訝協会こうげんきょうかい第三管区長って立場、その両方が厄介だな。どっちも特権が大きすぎて、正攻法で探るのは難しい」

 

 苦い顔で述べるセルジュに、私は似たような表情で頷き返す。

 総帥と副総帥の次に位置する、求綻者を束ねる抗訝協会の最高幹部たる四人の管区長。

 その一人である先代レウスティ王の弟の息子――つまり私との続柄は従叔父となるロベールは、下位ながら王位継承権もある歴とした王族だ。

 そしてレウスティでは、王族や大貴族が表立って罪に問われることはまずない。

 

「使える情報は何もなし、か?」

一月ひとつきかけてそれじゃ、こちらの信頼性にも関わるだろ。心配しなくても、突破口になりそうなネタは複数、押さえてある……イネス」

「はーい」


 名前を呼ばれ、セルジュの部下の一人である女が軽い調子で応じる。

 正確な年齢は聞いていないが、私より幾つか上だろうと思われる年頃だ。

 前に会った時は、商隊を護衛する生真面目な傭兵みたいな雰囲気だったが、今日は酒場の女給仕のような気配と衣装をまとっている。


「求綻者の間に流れている噂に、連絡所を通さない依頼を持ちかけられた、ってのがあったね。依頼された求綻者本人とは会えてないけど、その人から直接話を聞いたってのは見つけたよ」

「ふむ、リシャール・バスティロ……知っているか、ディスター?」

「弓を得意武器にしている新士しんしです。出身はレウスティ南部ボラティガ、叙任から六年になりますが、あまり目立った解訝かいげん実績はありません。レゾナは昏睡羔ねむりひつじだったかと」


 イネスから説明を受けつつ、手渡されたメモに載っていた名前について尋ねると、間髪を入れずに答えが返ってきた。

 昏睡羔ねむりひつじというのは確か、普通の羊を丸めて圧縮したような妙な体型の新生物ヴィズで、名前の通りに催眠効果のある鳴き声を発する。

 それにしても、まともに話したこともない求綻者のランクやレゾナはともかく、出身地や得意武器まで把握しているとは、やはりディスターは尋常じゃない。


「このリシャールに依頼したのが、ロベールの関係者なのか」

「らしいんだよね。そこらについては、ユーゴから」


 イネスに話を振られ、三十代後半に見える小太りの男がこちらを向く。

 このユーゴと会ったのは、おそらく今日が初めてだ。

 無気力っぽい表情とは裏腹に、ユーゴは張りのある低音のいい声を響かせながら、慇懃いんぎんに語り始める。


「ロベール様は、身辺警護の名目で司令部に私兵を入れております。王族という立場と、兵の給金も自己負担なさっているのとで、協会としては口出しをしかねる状態だそうでして。で、その私兵集団『討訝志士団とうげんししだん』の構成員から求綻者への接触があった、との複数の証言を得ております」

「なるほど……しかし、そこから辿るのは難しくはないか? 当該の人物を消すかかくまうかされたら、そこで手詰まりだ」

「はい。なので、別方向からの切り崩しも検討中であります。そちらの調査は、カロンが担当いたしました」


 ユーゴに水を向けられ、カロンが曖昧に首を振る。

 表情の乏しい年齢不詳の童顔と、五シャク(百五十センチ)そこそこの小柄な体。

 パッと見では無愛想な子供のようだが、その中身は建物への侵入を得意とし、各種工作を一通りこなす有能な人材だ。

 このカロンとは既に何度か顔を合わせているのだが、まだ一度も仏頂面以外を向けられた記憶がない。


「ここ数年、第三管区の金の流れに不透明さがある。それと、管区内で検訝中に求綻者が死亡もしくは失踪する件数が多すぎる。ついでに、ロベールとそのシンパが中心になって、討訝志士団を検訝をサポートする協会所属の正規組織に採用しようとの動きもあった」

「協会としては、放置できない事柄ばかりだな」

「だから表立っては監査官による査察、裏からは志士団への密偵の潜入を試みた」

「……その結果は」


 カロンの投げ遣りな口調と、セルジュの眉間に刻まれた皺からして、結果は訊くまでもない気がしたが、一応確認しておく。


「二桁近い密偵は全員が行方不明か訓練中に事故死。監査官は一人目が辞職後に失踪。三人目は息子が街中の喧嘩騒ぎに巻き込まれて重傷を負った数日後、不正の証拠は何もなかったとの報告を提出した。それから現在に至るまで休職中だ」

「そこまでやるか。しかし、ということは――」

「表沙汰にできない秘密が、ロベール様にはあるようですね」


 私の言葉を引き継いで、ディスターが結論を出した。

 小さく頷きながら、ロベールの目的はどこにあるのかを考える。

 協会内での勢力拡大――或いは更に踏み込んで、協会の私物化。

 可能性としてはありそうだが、だとすると余りに手際が悪いというか、手法が迂遠うえんに過ぎる。

 となるともっと別種の、予想だにしない陰謀が潜んでいるのではないだろうか。


「どうする、姫様。どこをつついてみるよ」

「そうだな……」


 アプローチの方法は、想像していたよりも多数ありそうだ。

 しかし、その中で効果的なものを選ぼうとすると、あっという間に数は減る。

 王女である私の立場を利用すれば、強気の調査はできなくもない。

 だがその場合、短期間でクリティカルな結果を出せないと、証拠隠滅とすっとぼけの積み重ねで全てを有耶無耶うやむやにされるだろう。

 そんなことになっては、情報源であるバーブにも申し訳ない。


「情報収集を続けつつ、リシャール・バスティロから事情を訊くことと、二人目の監査官の身柄を押さえることを最優先事項に動く」


 しばらく考えた後でそう告げると、五人とも異論はない様子で頷いた。

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