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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第6章 (リム 鐘後217年6月)

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056 贋竜

『右に避けて』


 石畳の道を全力で逆走していた俺は、ファズの思念を受け取ったと同時に、通路脇の屋根のない建物の中へ横っ飛びに身を躍らせた。

 直後、赤々と輝く火球が通過したのを視界の端で捉える。

 頬が熱気を感じ取り、少し遅れて衝撃音が聞こえた。

 一体何が、と思いながら入口から鏡を出して外を窺うと、鏡面に不吉にも程がある大型生物の姿が写し出された。


 直立した大トカゲ――いや、足のある寸胴の大蛇と言うべきか。

 そんな生物に蝙蝠こうもりの翼手を持たせたような、不自然で醜悪なシルエット。

 大きく裂けた牙だらけの口からは、黒煙混じりの炎が漏れている。

 鈍い光沢のある鱗に覆われた暗緑色の体は、どんな鋭い刃を用いても傷つけられそうにない。


「こいつは……竜、なのか……」

『違う』


 愕然としていると、ファズの否定が頭の中で大きく響いた。


『竜じゃない。こいつは贋物、だ』

「えっ……ニセモノ?」

「へぇ、子供でも流石は鬼人だねぇ」


 思わず問い返すと、背後から別人の声が降ってきた。

 反射的に振り返れば、俺が逃げ込んだ建物の壁の上に、嬉しそうな様子のフランが腰掛けていた――いつの間に回りこまれたんだ。


「こうも早く見抜くとは、やっぱり大したもんだ。あれはアーティファクト――あたしらがアートと呼んでる人工生物さね。竜の姿が分からないんで、御伽話おとぎばなしのヴィーヴルを参考にしたんだけど、どうだい?」

「どうもこうも……しかし、人工だって? 造ったっていうのか、これを」


 ヴィーヴル――或いはワイバーン。

 書物と伝説の中にしか存在しない、空を舞い火を吐く幻の獣。

 そんなモノについての感想を求められても、「ふざけんな」としか言えない。


「なっ、何が目的で、こんなバケモノを」

「坊やはさっきから質問ばっかりだねぇ……世界の謎を探すってのが、求綻者の仕事じゃなかったのかい?」


 悪名持ちの元求綻者は、大仰おおぎょうなジェスチャーで呆れっぷりを表現してきた。

 ただ、いらずらっぽい笑みの中にも、答えを本気で待っているような気配が混ざりこんでいる。

 どう返したものか迷っていると、無駄に色っぽく溜息を吐いてからフランが続けた。


「リムちゃんは、不思議に思ったことはない? この世が余りにも作為的なのを。かの大鐘声だいしょうせいも、それを鳴らした鐘楼しょうろうも、突然溢れ出した新生物ヴィズ不明新生物アン亜人デミも、どこかに生じてるって綻びも、綻びを探す求綻者も、求綻者を統括する協会も、何もかも全部が作り事めいてないかい?」

「それは……」


 そうかも知れない。

 この世界はデタラメだが、そのデタラメさに一貫性らしきものがある。

 かつて、ライザとそんな話をして以来、ずっと心の片隅に引っかかっていた。

 改めて違和感の元を並べられると、確かにフランの言う通りに、何か――或いは何者か・・・の意志が介在しているのではないか、と思えてくる。


「見て、聞いて、知って、疑って、そして考えるんだよ……生き残れたらね」


 フランはそう告げると、フッと消えるように壁の裏側へと身を躍らせた。

 しかし、落下音は聞こえてこない。

 彼女の得体の知れなさも大概だが、まずはファズに任せっ放しのヴィーヴルを何とかしなければ。

 俺は部屋を飛び出して、意外な機敏さを発揮して暴れ回っている竜もどきに向かって走り出した。


 ヴィーヴルの口が大きく開き、赤い口腔に紅い炎が満ちる。

 再び作り出された火球が、ファズに向かって飛んで行く。

 かなりの高速で吐き出された火球だが、ファズにとってはそうでもなかったようで、反射神経の通常活動範囲内で対処しているように見えた。

 しかし、近付いてみると呼吸がかなり荒い。

 いくら鬼人とはいえ、こんな怪物相手ではやはり苦戦――


『してない』


 ファズから抗議の言葉が伝わってくるが、そうは言っても相手は常識を無視した巨体、しかも飛んだり跳ねたりのトリッキーな動きで、立体的な攻撃を仕掛けてきている。

 ファズの反撃も少なくない数が命中しているが、それが効いている様子もない。

 ならば、同時攻撃で撹乱してみるか。

 そう判断した俺は、手近な建物の屋根の上へと攀じ登る。


「コッチだっての!」


 注意を引こうと短く叫び、麻痺毒を塗ったナイフを三本まとめて投げる。

 翼の飛膜部分をを狙えば刃が通るかも、という読みだった。

 しかし、羽の一振り全てが叩き落とされ、こちらの意図は挫かれる。


 直後、大きく羽ばたいてその巨躯きょくを浮かせたヴィーヴルが、ファズに向けて回し蹴りに似た軌道での一撃を放つ。

 急速接近する蹴爪のような突起の生えた足、それをファズは杖で殴り返そうとするが、重量と勢いに抗し切れずに結構な距離を吹き飛ばされた。


「ファズッ!」


 視界から消えたファズを追うが、すぐに体勢を立て直したらしく、大したダメージもない様子で竜もどきに向き直っていた。

 ヴィーヴルは余裕をアピールしているのか、ファズに対しての連続攻撃に移行しようとせず、巨体をゆっくりと着地させている。

 しかし、こんなのをどうやって倒せばいいのか。


『こいつ、あまり避けない。だから、叩き続ければ多分死ぬ』


 首に手を当てて頭を小さく回しながら、ファズが粗雑にも限度がある作戦計画を伝えてきた。

 攻撃を受けずに叩き続ける、ってのが最大の関門なワケなのだが。


『ひたすら動く。それで、ひたすら叩く』


 つまりは、相手を疲れさせようってのか。


『でかい図体だ、すぐにバテる』


 俺は同意の念を返すと、頭の中に届いたファズの提案に従って壁の上を移動し、敢えて規則性を持たせずにナイフの投擲とうてきを繰り返す。

 ファズはこちらの攻撃タイミングに合わせ、ヴィーヴルの意識がナイフに向けられたのを見計らって、鈍い打撃音を二度三度と響かせる。

 俺の攻撃が効いているかはハッキリしないが、少なくとも撹乱にはなっているようだ。

 これならば――


「ぅなっ!」


 背を向けているヴィーヴルの首筋を狙っていたら、上から尻尾が降ってきた。

 危ういところでかわせたが、これを横から薙ぎ払う軌道で繰り出されていたら、間違いなく盛大に吹き飛ばされていた。


『気を抜くのはまだ早い』


 そんな叱責と共に、際立って重たい音が鳴る。

 結果として俺がおとりになったみたいで、ファズは隙だらけになったヴィーヴルの懐に潜り込むと、高く跳んで横っ面を金属杖で殴りつけていた。

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