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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第6章 (リム 鐘後217年6月)

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053 空洞

今回から新章になります。

041『こうするに決まってる』から話が続いているので、そこまでの内容を忘れてしまった場合は4章を読み返して下さい。

「こんな地の底でも、ここまで明るいか……」

夜繙茸やはんたけとも色が違う』


 目にした風景のあまりの不審さに思わず呟くと、ファズからも同意するような思念が飛んでくる。

 夜繙茸やはんたけというのは、暗所で発光する種類のキノコだ。

 図鑑でしか見たことないが、平均して一スン(三センチ)程度の小さなキノコなのに、三つか四つ集めれば夜中でも本が読めるくらいの光量になるという。

 しかし赤紫色に光るらしいので、文字を読むのは一苦労だと思うが。


 ともあれ、この先に何が待ち構えているのか、わかったものではない。

 かなりの警戒心と共に、俺とファズは扉の残骸を踏み越える。

 越えた先にあったものは、明らかに人の手が加えられた空間だった。

 天井の高さと奥行きもかなりあって、パッと見でも相当な広さだ。

 目立つのは綺麗な石畳の通路と、それを挟んで並んでいる四角い建造物群。


「……何だ、こりゃ」


 それにしても気になるのは、そんな景色が何故に普通に見えるのか、だ。

 一体全体、どこからの光が石畳を照らしているのか。


『あれかな』


 そんな言葉が頭に響き、ファズが指差している天井を見上げる。

 するとそこには、内部が青白く発光している大きなガラス球のようなものが、一定間隔でいくつもブラ下がっていた。


「さっき言ってた、えーっと……燐光兔おにびうさぎだっけか、そいつが材料かな?」

『光の感じは似てるが、こんなに強くない』


 否定の言葉を伝えてきたファズは、穏やかだが強い光を放つ球体をジッと見つめている。

 俺も一緒になって眺めてみるが、それが何なのかまるで見当がつかない。

 もしかして、コレが今回の訝にあった発光現象の正体なんだろうか。

 色々と気にはなるが、まずはこの場所が何なのかサッパリ分からない、という問題を解決しておくべきだろう。


「とりあえず、あの四角い建物。アレの中を調べてみるか」

『ああ』


 俺とファズは、一番手近にある建物へと向かう。

 入口のサイズは一般的だが、ドアはなく壁に四角く穴が開いている構造だった。

 壁の材質は石のようだが、表面が滑らかすぎるのでコンクリートの一種かも知れない。

 屋内には家具も何もなく、ガランとした空間に中身のない木箱が転がっているだけだ。


「どういう用途の場所だったんだろ」


 訊いてみるが、ファズは小首を傾げるだけで何も答えない。

 続いて対面にある建物に入ってみるが、そこも全体的に似た作りだった。

 違いといえば、こちらの建物には屋根が半分しかないことだろうか。

 何にせよ、この場所の正体についてヒントをくれそうなものは見つからない。


「この先は手分けして調べよう。俺が向かって右側、ファズが左側で」

『わかった』


 謎めいた場所での単独行動に、当然ながら不安はある。

 だがファズとならば、不測の事態があれば互いに察知できる安心感があった。

 一人での探索を始めると、何もないカラッポの部屋が連続したが、三箇所目は少し様子が違う。

 シンプルな机と、空の本棚が置いてあった。


 初めて発見される、この場所を誰かが使用していた痕跡だ。

 机の引き出しは三つあったが、一番上は安物のペンが数本あるだけ。

 真ん中を開けてみると、薄茶色の汚れがこびりついた空の小瓶が幾つか転がっている。

 一番下からは、数行の文章が走り書きされた紙が二枚見つかった。

 拾い上げて読んでみるが、大きくシミが広がっていて判読不能な部分が多い。


「試作×××の移送は、第×××まで完了。×××案に従い増産××××××は放棄とする」


 と、いうのが一枚目に書かれていた内容だ。

 脇に書かれた数字が今年の日付ならば、これが書かれたのは一月半ほど前か。

 よくわからんな、と思いつつ二枚目に目を落とす。

 その瞬間、『ゲシャッ』と大きめの破壊音が耳に飛び込んできた。

 

 俺はメモをズボンのポケットに突っ込むと、建物を出て音の発生源を探す。

 そうしている内に、さっきよりも激しい音が響く。

 ここか、と当たりをつけて入ってみると、ファズの後姿が見えた。

 窓もないのに室内の様子が分かるのは、壁に吊るされたガラス球が発光しているからだ。

 外の球よりはかなり小さいリンゴ程度のサイズだが、十分な明るさがあった。


「どうした、ファ――」

『何でもない』


 こちらの問いを捻じ伏せる、強い拒絶が伝わって来た。

 振り返ったファズは、いつも以上に感情の乏しい目を向けてくる。


「ないワケないだろ。そこに転がってるのは……」


 何なんだ、と問おうとして思いがけず言葉に詰まる。

 床にはガラスの破片が散らばり、黄ばんだ半透明の液体がぶち撒けられていた。

 ――本当に、コレは何なんだ。

 

 えたような焦げたような、とにかく不快な臭気が鼻腔びこうに刺さってくる。

 その粘度の高そうな液体の中では、生物の残骸らしきモノが潰れている。

 ガラス容器は元々、金属製の台座に据えられていた様子だ。

 しかし、その台座もファズによって破壊されたようで、謎の液体に塗れてひしゃげた鉄塊となっていた。


「なぁ、ファズ……」

『何でもない』


 またもや即答で拒絶された。

 取り付く島もない、とはこういう対応のことか。

 ファズが足早に出て行ってしまったので、事情を訊くのは諦めて部屋の内部を観察することにした。

 室内にはファズが破壊したガラス容器と台座の他に、両開きの扉のある木製の棚と、壁に作り付けられた棚がある。


 扉つきの棚を調べてみると、小さな秤と金属製の棒が四本見つかった。

 秤は簡素な作りの安物で、これといった特徴はない。

 棒は掌サイズの長さで断面は五角形、太さは小指くらいだ。

 用途はわからないが、かなり精巧な造りをしている。

 荷物にもならなそうだから、この金属棒は一応回収しておくとしよう。


 作り付けの棚の方には、口の広いカラの大型ガラス瓶がいくつか置いてある。

 ファズが壊したのは、これの中身入りだろうか。

 そんなことを考えながら眺めていると、瓶の蓋に何かが書かれているのに気が付いた。


「ん? 六二号、四肢奇形化ししきけいか頭蓋膨張とうがいぼうちょう、記録後廃棄……」


 右隣の蓋には『三七号 眼球未生成 多臓器機能不全 記録後廃棄』と書かれている。

 もう一つ隣は『三一号 三式特化試薬に拒絶反応 記録後本部回送』とある。

 この地下施設は、何かの実験場だったのだろうか。

 使われている単語からして、生物系の研究が関係していそうだ。

 そこでさっき見つけたメモを思い出し、二枚目の方の内容をチェックする。


「えーっと……以後の施設運営××××××に一任し、×××時、及び緊急時には最優先×××事項として××××××なお、回収作業の終了予定は……ん?」


 メモに書かれた予定日は今日だった。

 状況からして、回収とやらは終わっているようだ。

 だが、下手をすれば何者かと予期せぬ遭遇をする可能性もある。

 俺は訝の証拠品となりそうな光るガラス球を取り外してバッグに入れると、ファズを捜しに建物の外へと出た。

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