045 籌略
「それにしても、こんな夜中に呼び出すとは、尋常じゃありませんわね」
「場所も怪しいな。ぜってえ罠だろ」
レモーラとシングの言う通り、高確率で何らかの罠が待っているのは、私も気付いている。
しかし、エサに食い付いてきた相手をみすみす逃す手はない。
「罠があっても、罠ごと蹴散らすだけだしな」
「外れにあっても一応は街の中です。何事かを仕掛けてくるにしても、過度な暴挙は避けるでしょう」
小声でディスターと言葉を交わしながら、人気の乏しい街路を早足で歩く。
たまに警備兵の姿を見かけるが、有名人のレモーラが派手な金属音を撒き散らして闊歩しているせいか、わざわざ誰何されることもない。
宿に届けられた手紙には、『消えた求綻者の行方に心当たりがある』との文言と、日付が変わる頃に街外れの練兵場まで来てくれ、との指定が記されていた。
「一連の事件のどこか、或いは大部分、もしくは全てに、救国親衛軍が関わっている」
私がそう言うと、ディスターは黙って頷く。
だがレモーラは眉を顰め、シングは首を深々と傾げている。
「親衛軍による自作自演、だとでも? 戦争を仕掛けたいならば、相手の非を鳴らす目的での被害の捏造は、古典的ながら有効な手ではありますけど……」
「そんなコトやってる場合じゃねえだろ、この国」
二人の言う通りで、アーグラシアの内情はガタガタだ。
食糧事情、財政状況、国民感情の全てが最悪に近い。
常識で考えれば、対外戦争を支えられる状況からは程遠い。
なのに、敢えて平地に乱を起こそうとしている理由は何か。
その疑問に対する正解だと思しき答えが、私の中で徐々に固まりつつあった。
「これは推測なんだが、親衛軍は暴走状態に陥りつつある、と思われる」
「……政府や国軍は関係なく、親衛軍だけですの?」
「恐らくは」
レモーラにそう答えるが、シングは納得行かない様子で訊いてくる。
「暴走って、どうしてまたこの時期に」
「わからない」
「おいおい」
「わからないから、知ってそうな奴から訊き出すのだ」
私の返事に説得力があったのか、シングはそこで口を噤んだ。
そして、昼間のシャレルとの会談内容について説明しながら歩く内に、武器庫や食糧庫などの軍関連施設ばかりの区域に出た。
さっきより増えていなければおかしいのに、警備兵の姿が見当たらないのが気にかかる。
「そろそろ、指定された練兵場です」
ディスターの言葉で、残る三人の間に緊張が高まった。
レモーラの性格はかなりアレだが、求綻者としては優秀な部類に入る。
二年前に錬士の称号を得ているし、戦斧を自在に操る戦闘能力も申し分ない。
ただの子供にしか見えないシングも、頭の回転は速く状況判断も的確だ。
戦闘ではクロスボウとダガーを駆使し、勝手気侭な暴れっぷりのレモーラをフォローしつつ、冷静に立ち回りながら敵戦力を確実に削いでゆく。
それに犬人の特性として――
「歩き回ってるのが一人で、隠れているのは八人。重装が二の軽装が六かな」
嗅覚と聴覚が飛び抜けて鋭敏だ。
罠や敵の気配を察知するのは、ディスターも得意としている。
だがシングのそれは次元が違い、どんな伏兵や奇襲も看破するであろう索敵能力を有している。
練兵場の入口周辺に警備の兵はおらず、門は開け放たれていた。
場内ではマント姿の男が一人、小型のランプを手にしてウロウロしている。
「先手を打ちますか」
「いや、まだ相手の出方が分からない。万が一にも善意の情報提供だったりすると、話が拗れる」
ディスターに軽く釘を刺してから、こちらに気付いた様子の男に会釈する。
「エリザベート、わたくし達はここで待ちますわ」
「隠れてる連中が妙な動きをしたら止めとく。息の根を」
「息の根は止めるな、シング……親衛軍でも一応は正規兵という扱いだから、死なせると後々面倒だ。レモーラも、手加減を頼む」
「レモーラお姉様、と呼びなさいな」
「うるさい」
レモーラとシングにも深々と釘を刺してから、ディスターと共に男へ近付いて行く。
マントの下はアーグラシア士官の制服だ。
右肩からたすきがけされた白ベルトは、彼が救国親衛軍に属しているのを示している。
どうやら、身元を隠すつもりはないらしい。
「あなたが手紙の送り主かな」
「すっ、そ、そうだっ」
上擦った声で男は応じてきた。
緊張で強張った面持ちは、思ったよりも若い。
「消えた求綻者の行方を知っている、とのことだが」
「ああ、しょっ、証拠の品がある。こっちだ」
男は早口で言うと、ついてこいとの手振りをして歩き出す。
失笑させられるほど焦りが丸見えだし、挙動不審にも限度がある――これはやはり。
『罠ですね』
ディスターが送って来た断定に、小さく頷き返す。
いくら何でも、これはひどい。
もう少し演技や腹芸をこなせる人材はいなかったのか。
馬鹿にされたような気分を抱えつつ、小走りに近い早足で先を行く男の背中を追っていくと、用途不明な建物の前に到着した。
「ここは……」
「室内戦の訓練場と、休憩所を兼ねた場所だ」
扉を開けながら、だいぶ落ち着きを取り戻した様子で男は言う。
仲間が近くに待機している、という安心感があるのだろうか。
屋内に足を踏み入れると、予想を裏付けるように多数の気配があった。
シングのような超感覚を持たなくとも、酒を飲んでガヤガヤと騒いでいる様子が伝わってくれば、誰にでも一発でわかる。
「証拠を披露する前に、宴会にでも招待してくれるのか?」
「……チッ」
皮肉を込めながら訊くが、男は舌打ちするだけで返事を寄越さなかった。
味方の阿呆さにウンザリする気持ちは分かるが、それを私に悟らせてどうする。
似たような心境なのか、背後のディスターからも小さな溜息が聞こえる。
「この奥に証拠の品と、求綻者の情報を知ってる連中がいる。後は彼らに訊くといい」
男は棒読み気味にそう告げると、その場から逃げるように立ち去った。
白けた面持ちのディスターは、その背中を目で追いながら小声で言う。
「伏兵を連れてくるかも知れません」
「別に構わない……というか、そうなる前に上の二人が何とかするはず」
「それもそうですね」
小声での短い会話を経て、騒々しさの漏れてくる部屋の両開きのドアを押しあける。
下卑た笑い声が耳に障り、酒精と薬煙の臭いが鼻に煩い。
侮蔑と悪意を含んだ視線が、無遠慮に肌に刺さってくる。
視界に入り込んできたのは、何とも不愉快な空間だった。




