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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第5章 (ライザ 鐘後217年3月)

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045 籌略

「それにしても、こんな夜中に呼び出すとは、尋常じゃありませんわね」

「場所も怪しいな。ぜってえ罠だろ」


 レモーラとシングの言う通り、高確率で何らかの罠が待っているのは、私も気付いている。

 しかし、エサに食い付いてきた相手をみすみす逃す手はない。


「罠があっても、罠ごと蹴散らすだけだしな」

「外れにあっても一応は街の中です。何事かを仕掛けてくるにしても、過度な暴挙は避けるでしょう」


 小声でディスターと言葉を交わしながら、人気の乏しい街路を早足で歩く。

 たまに警備兵の姿を見かけるが、有名人のレモーラが派手な金属音を撒き散らして闊歩かっぽしているせいか、わざわざ誰何すいかされることもない。

 宿に届けられた手紙には、『消えた求綻者の行方に心当たりがある』との文言と、日付が変わる頃に街外れの練兵場まで来てくれ、との指定が記されていた。


「一連の事件のどこか、或いは大部分、もしくは全てに、救国親衛軍が関わっている」


 私がそう言うと、ディスターは黙って頷く。

 だがレモーラは眉をひそめ、シングは首を深々と傾げている。


「親衛軍による自作自演、だとでも? 戦争を仕掛けたいならば、相手の非を鳴らす目的での被害の捏造ねつぞうは、古典的ながら有効な手ではありますけど……」

「そんなコトやってる場合じゃねえだろ、この国」


 二人の言う通りで、アーグラシアの内情はガタガタだ。

 食糧事情、財政状況、国民感情の全てが最悪に近い。

 常識で考えれば、対外戦争を支えられる状況からは程遠い。

 なのに、敢えて平地に乱を起こそうとしている理由は何か。

 その疑問に対する正解だと思しき答えが、私の中で徐々に固まりつつあった。


「これは推測なんだが、親衛軍は暴走状態に陥りつつある、と思われる」

「……政府や国軍は関係なく、親衛軍だけですの?」

「恐らくは」


 レモーラにそう答えるが、シングは納得行かない様子で訊いてくる。


「暴走って、どうしてまたこの時期に」

「わからない」

「おいおい」

「わからないから、知ってそうな奴から訊き出すのだ」


 私の返事に説得力があったのか、シングはそこで口をつぐんだ。

 そして、昼間のシャレルとの会談内容について説明しながら歩く内に、武器庫や食糧庫などの軍関連施設ばかりの区域に出た。

 さっきより増えていなければおかしいのに、警備兵の姿が見当たらないのが気にかかる。


「そろそろ、指定された練兵場です」


 ディスターの言葉で、残る三人の間に緊張が高まった。

 レモーラの性格はかなりアレだが、求綻者としては優秀な部類に入る。

 二年前に錬士れんしの称号を得ているし、戦斧を自在に操る戦闘能力も申し分ない。


 ただの子供にしか見えないシングも、頭の回転は速く状況判断も的確だ。

 戦闘ではクロスボウとダガーを駆使し、勝手気侭な暴れっぷりのレモーラをフォローしつつ、冷静に立ち回りながら敵戦力を確実にいでゆく。

 それに犬人の特性として――


「歩き回ってるのが一人で、隠れているのは八人。重装が二の軽装が六かな」


 嗅覚と聴覚が飛び抜けて鋭敏えいびんだ。

 罠や敵の気配を察知するのは、ディスターも得意としている。

 だがシングのそれは次元が違い、どんな伏兵や奇襲も看破するであろう索敵能力を有している。

 練兵場の入口周辺に警備の兵はおらず、門は開け放たれていた。

 場内ではマント姿の男が一人、小型のランプを手にしてウロウロしている。


「先手を打ちますか」

「いや、まだ相手の出方が分からない。万が一にも善意の情報提供だったりすると、話がこじれる」


 ディスターに軽く釘を刺してから、こちらに気付いた様子の男に会釈する。


「エリザベート、わたくし達はここで待ちますわ」

「隠れてる連中が妙な動きをしたら止めとく。息の根を」

「息の根は止めるな、シング……親衛軍でも一応は正規兵という扱いだから、死なせると後々面倒だ。レモーラも、手加減を頼む」

「レモーラお姉様、と呼びなさいな」

「うるさい」


 レモーラとシングにも深々と釘を刺してから、ディスターと共に男へ近付いて行く。

 マントの下はアーグラシア士官の制服だ。

 右肩からたすきがけされた白ベルトは、彼が救国親衛軍に属しているのを示している。

 どうやら、身元を隠すつもりはないらしい。


「あなたが手紙の送り主かな」

「すっ、そ、そうだっ」


 上擦うわずった声で男は応じてきた。

 緊張で強張った面持ちは、思ったよりも若い。


「消えた求綻者の行方を知っている、とのことだが」

「ああ、しょっ、証拠の品がある。こっちだ」


 男は早口で言うと、ついてこいとの手振りをして歩き出す。

 失笑させられるほど焦りが丸見えだし、挙動不審にも限度がある――これはやはり。


『罠ですね』


 ディスターが送って来た断定に、小さく頷き返す。

 いくら何でも、これはひどい。

 もう少し演技や腹芸をこなせる人材はいなかったのか。

 馬鹿にされたような気分を抱えつつ、小走りに近い早足で先を行く男の背中を追っていくと、用途不明な建物の前に到着した。

 

「ここは……」

「室内戦の訓練場と、休憩所を兼ねた場所だ」


 扉を開けながら、だいぶ落ち着きを取り戻した様子で男は言う。

 仲間が近くに待機している、という安心感があるのだろうか。

 屋内に足を踏み入れると、予想を裏付けるように多数の気配があった。

 シングのような超感覚を持たなくとも、酒を飲んでガヤガヤと騒いでいる様子が伝わってくれば、誰にでも一発でわかる。


「証拠を披露する前に、宴会にでも招待してくれるのか?」

「……チッ」


 皮肉を込めながら訊くが、男は舌打ちするだけで返事を寄越さなかった。

 味方の阿呆さにウンザリする気持ちは分かるが、それを私に悟らせてどうする。

 似たような心境なのか、背後のディスターからも小さな溜息が聞こえる。


「この奥に証拠の品と、求綻者の情報を知ってる連中がいる。後は彼らに訊くといい」


 男は棒読み気味にそう告げると、その場から逃げるように立ち去った。

 白けた面持ちのディスターは、その背中を目で追いながら小声で言う。


「伏兵を連れてくるかも知れません」

「別に構わない……というか、そうなる前に上の二人が何とかするはず」

「それもそうですね」


 小声での短い会話を経て、騒々しさの漏れてくる部屋の両開きのドアを押しあける。

 下卑た笑い声が耳にさわり、酒精と薬煙の臭いが鼻にうるさい。

 侮蔑と悪意を含んだ視線が、無遠慮に肌に刺さってくる。

 視界に入り込んできたのは、何とも不愉快な空間だった。

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