044 絢爛
「こちらになります」
「随分と派手な色使いだ」
中将の従卒であろう少年兵から受け取った紹介状は、真っ赤な封筒に入れられていた。
つい感想を呟くと、従卒は多少の緊張感を滲ませながら説明してくる。
「緊急性や重要性が高い書簡は、一目でわかるようその色が使われております」
「そうか……中将には改めて礼を伝えておいてくれ」
ちょっとした気遣いではあるが、こうした行動を嫌味なくこなせる目端の利き方が、シャレルを今の立場に就けているのかも知れない。
一方で、そんな人物からあからさまに忌避されるシュナース少将には不安しか感じないな――などと考えつつ、司令部を辞して宿まで戻る。
商業区の大通り沿いにある、鮮やかな青色の壁が特徴的な三階建てのその宿は、立地の良さもあってまずまず繁盛している。
一階は酒も出す食堂で、私達の部屋は二階にある三号室だ。
「あっ、お客様」
受付で初老の男に呼び止められて足を止めた。
「お客様宛てに、手紙が届いてます」
「どうも」
礼を言って封書を受け取り、階段を上って自室へと戻る。
先に帰っていたディスターは、ハルバードの手入れをしていたようだ。
「お帰りなさいませ」
「ああ……そっちの首尾はどうだ?」
窓の近くに置かれた椅子に座り、ベッドに腰掛けたディスターと向き合う。
「有益な情報はありませんでしたが、情報を求めていると各所で触れ回っておきました。礼金についても強調しておいたので、何かしらの反応はあると思われます」
「そうか。こちらも求綻者の情報は皆無だったが、結構な数の兵士に話を訊いて、ついでに司令部にも出入りしておいた。それなりに噂は広まってくれるだろう」
情報収集と同時に、我々が情報を求めているのを宣伝する、というのは最初に打ち合わせてある。
普通に情報が手に入ればそれでよし、失敗しても金で情報を買おうとしている自分らの存在が噂になれば、何らかの情報を知っている奴が報酬目当てに現れるか、何の情報も知られたくない奴が口封じに現れるだろう、という予想に基いての方針だ。
「早速、手紙が届いて――」
『伏せて下さい』
ディスターの思念が急速に割り込んできたので、反射的に床へと身を躍らせる。
直後、頭上で何種類かの破壊音が騒々しく鳴り響く。
そして木製の格子とガラスの破片を散らしながら、何かが室内へと飛び込んできた。
夜も待たずに突撃してくるとは、随分とせっかちな刺客だな――そんなことを考えつつ、長剣をどこに置いたかを思い出そうとしていると、聞き覚えのある華やかな笑い声が降ってきた。
「予告通り会いに来ましてよ、わたくしを愛するエリザベート!」
「やっぱりか……」
髪に絡んだ木屑と埃を払い、てにをはの使い方がおかしい闖入者の姿を確認する。
透き通ったプラチナブロンドに、静かな気配を湛えた夜明け色の瞳。
誰もが認める美貌なのに、近寄り難さが滲み出ている不遜の塊。
銀糸のドレスに金メッキされたプレートメイルのパーツを多数組み合わせた、鎧なのか何なのか分からない装い。
そして背中には、多彩な宝石が鏤められた戦斧を担いでいる。
レモーラ・ド・アレアゼ――協会の公認でもなく【絢爛姫】の異名で呼ばれている、悪目立ちにも限度がある求綻者だ。
見た目だけではなく、桁外れにデタラメ方向へと突き抜けた行動も、周囲からの評価に一役買っている。
関わるとロクなことがないのだが、レモーラが十年以上前から私のことを『妹みたいな存在』と一方的に認識しているので、時として意味不明なトラブルに巻き込まれる。
具体的には、ついさっき二階の窓を突き破って颯爽と登場したような感じで。
「レモーラ様、世の中にはドアという便利なものがあるのですが、御存知ありませんか?」
「わたくしが出入する場所、そこが即ちドアになるのですわ」
ディスターが背中に二、三本の毒矢が刺さったような表情で呈する苦言も、レモーラにはまるで届いている様子がない。
「そもそも、予告って何だ!」
「何――と言うまでもなく、貴女が手に持っているそれでしてよ」
握り締めたままの手紙を見てみれば、確かに封蝋にアレアゼ伯爵家の紋章が捺してある。
「これか……まだ読んでもいないんだが」
「あら、そうでしたの? 読み始めたのに合わせて飛び込む手筈が、少々ズレたのかしら」
「ゴメンゴメン。ちょっとタイミング間違えた」
割れた窓の外には、屋根の上から垂らされたロープを伝って、人間でいえば十歳くらいに見える犬人の少年が降りてきていた。
彼の名はシング――レモーラのレゾナだ。
亜人の実年齢は基本的に分かりづらい。
だが、それにしても三年前と見た目が全然変わっていないのはどうなのか。
「タイミングとかじゃなくてだな!」
「わたくしを追ってこんな辺塞まで来た、というのでこちらから会いに来たというのに、随分とまぁつれない態度ですわね」
「だから、この――」
「おっ、お客様! 一体何事ですか?」
盛大に破壊された窓を指し、社会の常識を叩き込もうとしたところで、慌てふためいた様子の従業員が二人、ノックも省略して室内に駆け込んできた。
直後、目の前の惨状に固まってしまった相手に、レモーラはどこからか取り出した大陸金貨をフワリと放り投げた。
「それは窓の修理代。釣りはいらなくてよ」
「えっ、あの、んあ――はっ? はぁ……」
飛んできた金貨をキャッチした若い従業員が、レモーラと手の中のコインを交互に見ながら、しどろもどろに対応する。
ガラス窓は高価ではあるが、現在のアーグラシアの物価であれば、金貨一枚で窓が三枚は直せるはずだ。
「あっ、それと、お客様にこれを」
「お騒がせしました。片付けは、こちらでやっておきますので」
さっき受付にいた初老の男に謝罪しつつ、ディスターは差し出された封書を受け取る。
そして二人の従業員は、出端を問答無用で挫かれた体で引き下がった。
「はて、それは何の手紙かしら?」
レモーラは興味深げな視線をディスターに送り、シングは両手を合わせての謝罪の意をこちらに見せ、ディスターは「どうしますか」と言いたげな顔を向けてくる。
去年の春、密かに進めていた従叔父ロベールの疑惑に関する調査は、レモーラが絡んだせいで果てしなく延焼する大騒動になったな――と、忌まわしい記憶が胃の痛みと共に鮮やかに蘇る。
しかしながら、ここに至ってはレモーラが絡んでくるのは避けられないだろう。
「読み上げてくれ、ディスター」
「畏まりました」
ならば少しでもスムーズに事を運ぶしかないか、と判断した私は脱力感に苛まれつつ答える。
手紙の内容と私達の目的を知ったレモーラは、やはり当然のように同行を申し出た。




