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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第5章 (ライザ 鐘後217年3月)

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043 面晤

 司令部でぞんざいな対応をされた場合、レウスティの王女という立場を持ち出して手間を省くつもりだったが、想像以上にあっさりと駐留部隊幹部との面会に許可が下りた。

 協会からの紹介状があったとは言え、ここまでスムーズにことが運ぶのは意外に思える。

 広くて清潔だが飾り気の乏しい応接室で待っていると、三十代前半くらいに見える男が現れた。

 この歳で高級軍人用の制服を着ているのは、恐らく貴族の出身だからだろう。


「待たせたかな」

「……いえ」

「アーグラシア東部軍所属、第二重歩兵団のエルンスト・シャレル中将だ」

「私はレウスティ出身の練士、エリザベート・ラモリスです」


 相手の名乗りにアーグラシア貴族の称号である『フォン』が含まれないことへの驚きを隠しがてら、軽く頭を下げる。

 ラモリスというのは母の旧姓で、そこまで身分を隠す必要はないものの、積極的に明かすメリットもない時に名乗っている偽名だ。

 顔を上げると、相手は興味深げな表情を浮かべてこちらを見ている。


「その若さで練士とは、相当な活躍のようだな」

「半分は偶然のようなもの、です」


 自分が何をしてきたか、詳しい説明をするのも面倒なので、曖昧な表現で流しておく。

 シャレルはそんな屈託くったくを察したのか、小さく咳払いをしてから私に椅子を勧め、自分も向かいに腰を下ろした。


「それで、訊きたいのは何についてかね」

「色々とありますが、端的に表現しますと『この東部国境地帯で何が起こっているのか』になります」

「ふむ……」


 目付きに僅かな険を混ぜつつ、若い将軍は頭を掻く。

 そして十秒ほどの間を置いてから、シャレルは口を開いた。


「そちらで把握しているのは」

「警備部隊の消失、監視所や集落への襲撃、それと求綻者の失踪」

「ん、まだ情報は出回ってないか……実はもう一つ、事件が起きている。五日前、共和国軍の警備小隊が全滅した」

「それは……」


 下手をすれば、アーグラシアとルセニの間で戦端が開かれかねない。

 不吉な予想につい右手を固く握り締めるが、シャレルは緊張感なく続ける。


「いや、あちらとしても動くに動けないだろうから、心配無用だ。何せ発見されたルセニの警備兵は十六人全員がこちらの領内で死んでいて、しかも完全武装の状態だった」

「殺害はアーグラシア軍の手によるもの、ですか?」


 訊いてみると、シャレルは首を振ると傾げるの中間のような反応を示す。


「それが、よく分からんのだ。正体不明の集団と交戦したならば確実に報告はあるだろうし、予期せぬ遭遇戦ならこちらにも被害は出たはずだ。なのに私の部下からは何の報告もなく、僚将であるシュナース少将の方でも事情は同じだ。行方不明になったり、不審な怪我をした兵士もいない」

「それは確かに、妙ですね……」


 隣国からの越境攻撃をアーグラシア軍が迎撃した、というなら話は簡単だ。

 だが、ルセニ兵を全滅させた何者かが消えてしまったせいで、話が複雑になっている。

 国内の反政府勢力の仕業だとすると、ルセニ兵だけを国境西側で殺すメリットがない。


 両国間に紛争の種を蒔きたいのであれば、国境東側で事件を起こし、アーグラシア兵の死体も現場に残すのが効果的だろう。

 ルセニの自作自演を疑ったとしても、やはりこの結果には意味が見出せない。

 となると、両国の緊張関係やら国内事情とは関係ない、何らかの訝が密かに進行中なのだろうか。


「というわけで、ここで何が起きているのか、正確な状況は把握できていない」

「……では、求綻者の失踪に関してはどうですか」

「抗訝協会から問い合わせがあった、とは聞いている。だが、それ以上は分からん」

「ソミアや近隣の街で騒動を起きたり、それらしき死体が発見されたという報告は?」


 重ねて訊いてみるが、シャレルはゆっくりとかぶりを振る。

 どうやら失踪に関しては、消えた理由と痕跡から探らねばならないようだ。


「ええと……シュナース少将、でしたか? その方は何か御存知ないでしょうか」

「どうだろう。彼とはもう、一月ほど会っていないのでね」


 おや、口調に微妙にネガティヴな色合いが含まれている――ような。

 この若さで中将となれば、年齢は上なのに階級は下になってしまう相手も多そうだし、色々と苦労もあるのだろう。


「少将は今、どちらに?」

「ここより北に五リュウ(二十キロメートル)ほどの距離にある、コルブズという砦で訓練中のはずだ。まだ数日は戻らないだろうから、話がしたければ訪ねてみるといい」

「では、明日にでも伺わせてもらいます」

「彼は気紛れだから、門前払いをされるかも知れん。紹介状を書いておこう」

「何から何まで、おそります」


 余りに好意的に過ぎる――何か裏があるのではないか。

 そんな懸念が顔に出てしまったのか、シャレルは苦笑しつつ話を続ける。


「こちらも早々に変事を解決したいのだが、立場が立場なので動きづらい。調査班は組織されているが、それは救国親衛軍の指揮下になっている。となると、どうしてもシュナース少将に遠慮してしまってな」

「少将は救国親衛軍の所属なので?」

「うむ。ヴィルヘルム・フォン・シュナース少将は、あの(・・)護国義勇軍に結成当初から参加していて、現在は親衛軍第五戦闘団の指揮官だ。大貴族シュナース侯爵家の四男で、本人も男爵号を授けられている」


 シャレルの物言いには、やはり控えめながらもトゲが感じられる。

 まともな神経の持ち主なら、救国親衛軍の跳梁ちょうりょうを苦々しく思うのも当然だ。

 そんな態度をされてしまうだけでも、少将の人柄は大雑把に理解できた。


「では、真相を――いえ、その一端でも掴みましたら、シャレル閣下の所へ報告に上がります」

「期待している」


 即答するシャレルだが、私が調査班を無視すると告げているのに、それを平然と肯定している。

 事件の厄介さとはまた別の、面妖めんような事情がこの地域には潜んでいる様子だ。

 紹介状を用意するからしばらく待て、と言い残してシャレルは応接室を去った。

 実物から脂肪分が四割以上もカットされた、アルブレヒト王の似ていない肖像画を眺めながら、この騒動の中で消えた求綻者達が『どういう役割』を任されているのかを考える。


 まず死んでいるのか、それとも生きているのか。

 生きているとすれば、姿を消したのは何者かの仕業か本人の意思か。

 本人の意思で消えたのならば、その理由は何だろうか。

 仮説は次々に浮かんだが、自信を持って正解だと思える答えには辿り着けなかった。

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